天理時報2021年5月30日号2面
おぢばで仲間と過ごす”陽気ぐらしの3カ月”特別インタビュー修養科80周年に寄せて永尾洋夫教養室長昭和16(1941)年に開設された修養科は今年、30周年の節目を迎えた。世界各地から志願した老若男女の修養科生たちは、おぢばでの3ヵ月の生活を通じて、教えを学び、仲間と語り合い、伏せ込むことで、さまざまなご守護を頂いている。ここでは、修養科80周年に寄せて、永尾洋夫・教養室長にインタビューした。ー修養科開設80周年を迎え、あらためて思うところをお聞かせください。修養科は昭和16年、天理教校内に開設されました。以来80年にわたり、その目的を、人を育てるということに据えています。さまざまな変遷を経た中でも、陽気ぐらしができる人材を育成するという思いは常に変わりません。伏せ込みがたすかりに-5年前、プログラムに大きな変更がありました。修養科生の反応はどうですか。大きな変更点は、ねりあいやホームルームの時間の追加、みかぐらうたとおてふりの授業の連動、詰所教養掛との連携などです。なかでも、ねりあいの時間を設けたことに響が寄せられています。授業で学んだ教えを自分の中で咀嚼し、自らの心のありようを教えに照らし合わせていく。さらに同じクラスの人たちと同じ目線で語り合うことで、新たな気づきが得られているようです。修養科生からも「自分と向き合うことができた」「さまざまな視点があって面白いと思った」などの感想を聞いています。詰所での生活については、どのような反応がありますか。詰所で生活を共にし、世話取りをされる教養掛や詰所勤務者の方々に対しては「教養掛研修会」を開催し、精神疾患や依存症などの専門知識を学んでもらっています。精神疾患などを抱える修養科生の環境づくりや、生活に適応しにくい部分へのサポートが目的です。精神疾患の方にとって睡眠は非常に重要です。知識がなければ無理に起こしてしまうこともありますが、睡眠を十分に取ることができる環境を整えたところ、無事に3カ月の修養を了えることができたという事例があります。コロナ禍になってからの修養科生の様子に変化はありますか。昨年、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、仕事を失ったことから修養科を志願したという人が少なからずおられました。さまざまな悩みを抱えた修養科生は、教えを学び、ぢばに伏せ込む中で、3ヵ月目に入ると心の内が変わってくる。ねりあいやホームルームでも、最後のほうに「私にできるおたすけ」「これから、どう通るか」を話し合います。そうする中で、修了後の生活についても前向きになり、再就職が決まった、仕事先が見つかったという人がおられます。そうした人たちは皆、「おぢばで伏せ込んだおかげ」」と喜んでいました。心の向きが変わる場所-修養科生が親里の各所で、おさづけを取り次いでいる姿をよく見かけます。修養科志願者の中には、身体の身上の人が約30、精神疾患や依存症などを抱えている人が約10います。一方で、すでにおさづけの理を拝戴したようぼくも70~80いることから、修養生活中はおさづけを取り次ぐ、あるいは取り次がれる機会がたくさんあります。私は始業式のあいさつで「おさづけの取り次ぎを心がけてほしい。ここには親神様・教祖が、いんねんあって皆さんをお引き寄せくださった。そのいんねんとは、陽気ぐらしをさせたいという元のいんねんだから、クラスの中で陽気ぐらしを実現してください」と伝えています。おさづけの取り次ぎによって不思議なたすけを目の当たりにすれば、親神様のご守護が感じられます。すると、当たり前のおやのこころおやのことば人の子を預かって育ててやる程の大きなたすけはない。『稿本天理教教祖伝逸話篇」86「大きなたすけ」当時、高校1年生の長男が熱中症で倒れたのは、東北でも最高気温3度の「猛暑日」でした。剣道の部活動中に意識不明となり、市内の総合病院へ運ばれるも、そこでは処置できないほどの重体で、高度救命救急センターへ緊急搬送。医師から極めて危険な状態と告げられましたが、幸いにも奇跡的に命をつないでいただきました。それは、自教会の「こどもおぢばがえり」団参出発の2日前の大節でした。意識が戻って集中治療室に入る長男を残し、夫婦そろって団参を引率するか否か、迷いに迷いました。観光バス1台分の子供たちが待っている。妻が直接お誘いし、お預かりする子供たちが何人もいる。悩んだ末、長男は神様にお預けし、夫婦ともに引率する心を定めました。「人の子を預かって育ててやる程の大きなたすけはない」主治医は目を丸くして驚きましたが、「よそのお子さんをお預かりして、おぢば帰りのお世話をするほどの尊い御用はない。病床の長男も、きっと守っていただけるはず」と、私たちは神様にもたれきって引率に専念しました。おかげで4泊5日の団参を無事にお連れ通りいただき、その間、長男も順調に回復して1週間で退院。その3日後、病み上がりながらも「学生生徒修養会・高校の部」へと出発することができました。外へ向かって精いっぱいおたすけに掛かれば、わが事は結構にご守護いただける。生涯忘れられない、ありがたい大節となりました。(な)