天理時報2021年4月25日号8面
写真特集教祖誕生祭〝存命の親”慕う慶祝の日4月18日は〝存命の親”を慕う慶祝の日。コロナ禍の折、各地の教友は、それぞれの場所から教祖のご誕生日をお祝いした。また教祖誕生祭の前後には、家族連れなど少人数での帰参が見られた。別席を運ぶ人はもとより、教祖への思いを墨書した「天理書展」に立ち寄る教友や、〝教祖伝フェア”を開催中のおやさと書店をのぞく人の姿もあった。教祖伝フェア特設ページは、上記QRコードから文芸連載小說ふたり星の降る夜は作/片山恭一画/リン第22話サユリさんの夢サユリさんは子どものころからピアニストになるのが夢だった。小学校に上がる前から音楽教室に通い、毎日何時間も練習した。音楽専門の大学に入り、留学までした。ウィーンという街に住む有名な先生にピアノを習うためだ。あるとき課題が出た。とても難しい曲だったが、一生懸命に練習して、先生の前で一つもミスをせずに演奏することができた。すると先生が言った。「楽譜に書いてあるとおりに演奏したことはわかります。でも、あなたが弾いたのはバッハではありません」そのときからサユリさんはピアノが弾けなくなった。楽器に向かうと手が震えた。硬くひんやりとした鍵盤に指を触れただけで気分が悪くなった。ここにいてもしょうがない。かといって日本へ戻る気にもなれない。街で仲良くなった音楽仲間がアメリカの出身で、実家はカリフォルニアでワインをつくっているという。そこで働かせてもらうことになった。サユリさんが着いたのはブドウの収穫期で、農園が一年中でいちばん忙しくなるころだった。都会から大勢の学生がアルバイトとしてやって来ていた。彼らは夏のあいだ住み込みでブドウを収穫しつづける。サユリさんも朝から晩までブドウの摘み採りを手伝った。彼女はその仕事が気に入った。ブドウを摘んでいるあいだはピアノのことも音楽のことも忘れた。もともと手先が器用なので、すぐに摘み採りが上手になった。普通の学生の二倍くらいの速さで籠を一杯にすることができた。農園の広い食堂の隅にピアノが置いてあった。何年も弾かれずに埃をかぶっている古いピアノだった。これなら弾けるかもしれない、とサユリさんは思った。ある夜、誰もいないときを見計らって食堂へ行き、ピアノの前に坐ってみた。早く楽器に触れたいような、触れるのが怖いような複雑な気持ちだった。蓋をあけると、指の動くままに弾きはじめた。ウィーンで先生から「バッハではない」と言われた曲だった。ゆっくりと最初のアリアを弾いてみた。音楽の神さまがそっと扉を開けてくれる気がした。「もともと難しい曲なんだけど、難しさにばかり気をとられて、曲の本当の良さに気づいていなかったのね。ト長調のアリアを弾きながら、こんなに美しい曲だったんだって思った」弾いているうちに楽しくなった。長いあいだ忘れていたことだった。中学生のころ、ピアノを弾くのが楽しくてしょうがなかった。モーツァルト、チェルニー、ショパン………..。「ウィーンで先生が言いたかったのは、このことだったんだと思い当たった。弾いている本人が音楽を感じていなければ、何を弾いても音楽にはならない」つぎからつぎに弾いて、とうとう三十ほどの変奏曲をすべて弾いてしまった。「ずっとピアノから遠ざかっていたのに、楽譜は頭のなかに残っていたの」「ふたり」のバックナンバーを道友社HPで公開中。登場人物の相関図や作者のプロフィールも閲覧することができます。下記QRコードからアクセスしてください。