天理時報特別号2022年3月号2面
あなたけ橋安藤正二郎1959年生まれ天理教本則武分教会長AndoShojiroふるさとの星になった母星降る里の母と娘北海道のほぼ中央部、雄大に流れる空知川の流域に芦別という町があります。内陸部に位置する盆地のため冬の寒さはとても厳しく、マイナス20度を下回る日もあります。ここに、豊かなが育む澄んだ空気と、周囲の光を遮るように囲む山々によって天然のプラネタリウムが創り出さ1988年に環境庁(当時)から「星空の街」に認定されました。キャッチフレーズは「星の降る里」。そして、ここは私の妻のふるさとでもあります。芦別を含む空知地方は、かつて炭鉱で栄えました。明治から大正、昭和にかけて、財閥系の企業が次々と炭鉱を開いた影響で人口が急増。妻が生まれた昭和30年代前半の芦別市の人口は7万人を超え、町は大いに賑わったといいます。ところがその後、石炭から石油へと主要エネルギーが転換したことで炭鉱は次第に閉山となり、過疎化の一途をたどることに。それでも近年は、観光にも力を入れ、町は元気を取り戻しつつあります。妻は高校卒業まで自然豊かなこの町で育ちました。父が早世し、兄家族は別に暮らしていたので母との二人暮らしです。高校卒業後は一時、町を離れましたが、4年ほどして芦別へ戻り、再び母との生活が始まりました。そんな幸せな母娘の間に入り込んだのが私です。しばらく遠距離の交際を続け、その後、母から引き剥がされるように遠く離れた名古屋へ嫁いできました。結婚式は、北海道の親族も大勢駆けつけて盛大に行われ、母も喜んでいるように見えました。しかし、たった一人の娘を「馬の骨」によって遠くへ連れていかれた母の心情は、察するに余りあります。「寂しい」のひと言では表せないほど孤独で悲しくて、一人ぼっちの生活はさぞ、つらかったことでしょう。寂しさと思いやり結婚後、私たち夫婦には4人の子供が授かり、里帰りをするたびに、母は子供たちを最大限に可愛がってくれました。つらかったのは帰るときです。駅へ向かって歩いていく私たち家族を、こぼれる涙を拭きながら見送ってくれた母の姿は、いまも忘れることができません。あれから30年余り、わが家では3人の娘が最近、続けて嫁に行きました。父親としてなんともいえない寂しさを感じたとき、ふと気づいたのが母の心情です。「こういう気持ちだったんだ・・・」と。