天理時報特別号2021年6月号2面
あなたへの架け橋安藤正二郎1959年生まれ天理教本則武分教会長人生の節から芽を出すには「部活、辞めます」高校に入学したS子が、迷わず入った部活がバレーボール部でした。小学校から続けてきたセッターのポジションにやりがいを感じ、技術に磨きをかけて思う存分バレーを楽しみたいと、そんな希望を抱いていたのでしょう。S子の性格は人一倍の負けず嫌いです。中学では、チームで一番背が低いことにもめげず、それをバネに司令塔として活躍しました。高校では、いままでの何倍もきつい練習が続きましたが、持ち前の負けん気と明るい性格で前向きに取り組みました。2年生になったある日、授業を終えて体育館へ行くと、見慣れない女性が監督の近くに立って、部員たちにアドバイスを送っています。すぐに、新しく赴任してきたコーチの先生であることが分かりました。厳しいけれど温かみのある監督に比べ、新コーチの口から出るのは強い口調の言葉が多く、チームの緊張感は日増しに高まるばかり。当然ながら、指導の矛先はS子のプレーにも向けられます。「そんなトスで誰がスパイク打てるの!」「どこ見てトス上げてるの!」いままでそういうタイプの指導を受けてこなかったからか、S子の表情からは日を追うごとにやる気が消え、不満だけが溜まっていきました。そして、ある試合の前日、コーチが彼女に告げた言葉は、「明日は試合に出なくていい。ラインズマンをして」。これまで厳しい指導に耐えてきましたが、ここにきて、不満は頂点に達し、次の日、彼女は監督に申し出ます。「部活、もう辞めます」S子の短いバレー人生が終わった瞬間でした。その後、彼女は担任やクラスメートに励まされながら、学習部に籍を置いて高校生活を送りました。そんなとき、従兄から「どうせ勉強するなら、看護師を目指したらどう?」とアドバイスをもらいます。この言葉が、毎日を漫然と過ごしていた心に強く響きました。そして、目標は次第に大きく、また具体的にな卒業後は看護学校へ進学。3年間の勉学と実習を終え、晴れて看護師としての一歩を踏み出すことになりました。逆境をチャンスにさて、S子というのは私の次女です。