天理時報特別号2021年5月号3面
出会う人の幸せを願ってそんな思いに浸っていると、後方から「白熊さーん」と声が響いた。振り向けば隣町のY婦人。子犬を連れて散歩中のようで、足早に駆け寄り、「その節は、ありがとうございました」と会釈した。昨年、ある事情を抱えた娘さんが、会に通ってきていた。いまは地方の会社に勤め、母と娘は離れて生活している。「娘さんは元気にしていますか?」と尋ねると、「あれだけ親に心配をかけていながら、いまはどこ吹く風。メールの返信も来ないわ」と小さくため息をついた。「私には、お母さんがいてくれてありがたい、というメールが来ましたよ。お母さんの気持ちは、彼女の心にちゃんと届いていますよ」と言うと、「そうですね。あの子がいてくれるおかげで、幸せなんです」と、ようやく笑顔になった。登校の付き添いは、文也の安全のために始めたことだが、往復30分の朝の散歩は、何よりも私自身の健康維持に欠かせない。そして毎朝、誰かと出会って言葉を交わすな時間でも、その人の向こうにある〝家族の景色〟にふれられる貴重な時間でもある。そのとき出会う人たちの今日一日が、健康で幸せなものであってほしいと願う。数日前の往路、私は急にめまいを起こし、しばらく道端にうずくまっていた。いつもとは逆に、文也が私の傍らにかがんで顔を覗き込み、「お父さん、大丈夫?」と言って背中をさすってくれた。文也には、周りの人の気持ちを察することができにくい障害特性もある。背中をさするその小さな手に、めまいのなかでも文也の大きな成長と温もりを感じて、ありがたさが込み上げてきた。毎朝の付き添いは、神様からのご褒美がいろいろと感じられるひと時でもある。私の好きな風景表紙のはなし西薗和泉IzumiNishizono「電話ボックス」いまや遺物といってもいい存在。この電話ボックスの横をよく通りかかるのですが、一度も中に人が入っている姿を見たことがありません。大学時代は、下宿近くの電話ボックスをよく利用しました。ボックスに向かって、お礼を言いたいくらいです。写生場所・・・・・・京都府木津川市にしぞの・いずみ1960年、奈良県天理市生まれ。84年、京都市立芸術大学油画科卒業。2021年まで天理中学校美術教諭を務めた。著書に『木かげと陽だまり水彩こころの覚え描き』(道友社刊)がある。