天理時報2020年12月6日号3面
人に寄り添ってヒューマンストーリー14街の資源物回収で車いすの寄贈30年朝8時前、静岡県島田市の住宅街に資源物回収業者のトラックが到着する。東喜代子さん(69歳・錦行分教会ようぼく)は、作業用のエプロンを身に着け、自宅の一角に集めていた25袋分の空き缶を慣れた手つきで積み込んでいく―――。約30年にわたるこの活動は、空き缶などの資源物を回収し、その収益で購入した車いすを福祉施設へ寄贈するというもの。母・カツエさん(故人)の「人の役に立ちたい」との思いから始まった取り組みは、喜代子さんと夫・菊郎さん(73歳・同)へ受け継がれ、さらに地域の人々の協力を得るまでに広がっている。静岡の東喜代子さん現在、市内の約20人の協力者が、それぞれの地区で資源物を集めている。また喜代子さんの自宅とは別の場所に、近所の人が回収した資源物の集積用スペースがあり、車いすの提供先から感謝状を贈られるたびにコピーを掲示しているという。喜代子さんは「この活動が人の喜びにつながっていることを、協力者の皆さんにも感じてもらいたくて」と、うれしそうに話す。母母の思い受け継ぎぎ信仰3代目。未信仰だった菊郎さんは結婚を機に別席を運び、やがて二人の子供に恵まれた。喜代子さんは所属教会の月次祭参拝と婦人会活動への参加を欠かさず、菊郎さんも仕事の都合をつけて参拝している。資源物回収を始めたのは、市内でごみの分別が始まった平成3年ごろ。信仰熱心なカツエさんが、分別された空き缶をお金に換えることで人の役に立てるのではないかと思い立ち、教友と共に活動に着手。東さん夫婦も母親を手伝うようになった。ところが当時、集めた空き缶を載せた台車を押すカツエさんを、近所の子供たちが「カンカンおばさん」と呼んではやし立て、地域の人から好奇な目で見られることもあったという。当初は資金の使い方を模索しながら積み立てていたが、やがて日本赤十字社や善意銀行へ寄付するように。さらに、市内で福祉施設が増えたことから、車いすの寄贈を思いついた。「目標が定まり、喜んでくださる人の姿を実際に目の当たりにすることで、活動に自信が持てるようになった。それからは、このひのきしんが私たちの日常の一部になっている」と夫婦は口をそろえる。協協力者に支えられれようやく軌道に乗った資源物回収だったが、「実は一度、やめようと思ったことがあった」と、喜代子さんは振り返る。平成15年ごろ、カツエさんに「認知症」の症状が見え始めた。夫婦で介護に追われ、心身ともに疲弊する生活が10年ほど続いた後、25年にカツエさんが出直す。喜代子さんは介護疲れで、うつのような症状に悩まされた。「もともと母が始めた活動だったので、夫婦の間では『区切りをつけようか』という話に自然となった」ところが、このことを何人かの友人に打ち明けると「いい活動なんだから、やめるのはもったいない」と思わぬ励ましを受けた。カツエさんの出直し前から活動に協力している中村一枝さん(68歳)も、その一人。喜代子さんとは〝ママ友〟として出会い、いまではさまざまな悩みを相談し合う仲だ。「自分の協力が、少しでも人の役に立っていると思うと、うれしくなる。このような活動をしている人が身近にいることは、とても幸せなこと」と笑顔で話す。こうした声を耳にして、喜代子さんは「母が目指した、人のためになることで味わえる喜びが、協力者の間にも広がっている。うつ症状に不安はあるが、なんとかして活動を続けよう」と思い直した。当時、通算12台の車いすを寄贈していたことから、「20台の寄贈」を新たな目標に掲げて再スタート。そんななか、喜代子さんは教会へ足を運びながら受診し、徐々にうつの症状をご守護いただいた。今年6月に車いすを寄贈した介護施設「一期一会ののどか和」管理者の谷澤真由美さん(41歳)は、「車いすが不足していたので、とても助かった。福祉に携わる者として、こうした素晴らしい活動を長年続けてくださる方々の存在は、ありがたく頼もしい」と話す。◇約30年にわたる喜代子さんの活動は、8月に静岡新聞や市の広報誌「広報しまだ」でも取り上げられ、10月には公益社団法人「小さな親切」運動本部主催の第684回「小さな親切運動実行章」を受章するなど、いまや広く知られるようになった。これまでに、当初の目標を超える23台の車いすを市内13施設に贈っている。喜代子さんは「施設の方や車いすを使用する方が喜んでくださることが、何よりのやりがいになっている。『人のために』と始めた母の遺志を受け継ぎ、いまでは自分たちの生きがいになり、動ける限り続けることを目標にしている。協力してくださる方々への感謝の心を忘れず、これからも皆さんと共に、人の役に立つ喜びを感じながら活動を続けていきたい」と話している。資源物回収による収益で、福祉施設へ車いすの寄贈を続けている喜代子さんと菊郎さん夫婦車いすを寄贈した福祉施設からの感謝状地域住民の協力で集めた大量の空き缶を、回収業者のトラックに積み込んでいく幸せへの四重奏a quartet for happiness元渕舞ボロメーオ弦楽四重奏団ヴィオラ奏者ニューイングランド音楽院教授今がある有り難さ激動の2020年もあと1カ月。現在、アメリカの新型コロナウイルス感染者は1千260万人で、26万人が亡くなられた。今日、家族が元気でいられるのが奇跡に思える。今年はベートーベンの生誕250年。しかし、世界中で予定されていた彼を讃えるコンサートはほとんど中止、音楽家たちは毎日食べるのがやっとの生活を強いられている。一方、音楽院の講義で学生たちと偉大な作曲家の足跡を辿るのには、ぴったりの年だったとも言える。ベートーベンは貧しい生活のなか、聴力を失いながらも、頭に聞こえる音を描き続けた。だからこそ彼の作品は、奥深い信念のこもったものばかりだ。学生たちと作品について語り合うたびに、若い彼らの心に灯る〝音楽家の炎〟を感じる。いずれは、これらの作品の偉大さを未来へ伝えてくれるに違いない。音楽家は、個性あふれる曲者ぞろい。でも、その背後に目をやると、個性を自由に伸ばしてくれた親や指導者に恵まれたケースが多いように感じる。かく言う私も、小さいころから〝変わっている子〟だった。天理小学校1、2年生のとき、担任はベテランの南堀先生。私が家の前を通る電車の光景を詩にしたとき、夜通し月食の観察をした研究ノートを見せたとき、菊の花の絵を放課後まで描き続けたとき、先生は私の〝変わっているところ〟をいっぱい褒めてくださった。天理高校では、担任の中森先生が、いつも朝寝坊して慌てて本部神殿まで走ってくる私の出席をつけるのを、列の最後で辛抱強く待ってくださった。そしてアメリカに留学する際には、一番に応援してくださった。また、天理教音楽研究会の演奏会の後、岩谷雄太郎先生は「舞ちゃんは四角いところに丸を描く。隙間まできっちりと弾いていないかもしれないけれど、それが面白いんだよね」と褒めてくださり、バイオリンの恩師である岩谷悠子先生は、あまりにも練習してこない私を叱りながらも、〝自由さ〟を許してくださった。私が「この曲大好きなんです」と言ったとき、「じゃあ、やってごらん」と返してくださった先生の笑顔を鮮明に覚えている。両親は、神様から与えられた子供の才能を見いだし、伸ばしてやるのが親の役目だと信じ、私たち三姉妹を育ててくれた。私が幼いころ、遠くで鳴る電車の音と同じ音階を声に出すのを聞き、この子は耳がいいから音楽をやらせようと思ってくれていなかったら、今日の私はない。明日はどうなるか分からないこの状況で、確実なのは今があること。そして私の今があるのは、ひとえに両親や恩師のおかげである。追伸12月1日は父の80歳の誕生日。お父さん、お誕生日おめでとう。道友社営業時間年末年始の休業は12月28日(月)~1月4日(月)(1月5日から通常営業)■本社定期購読受付■本社1階「ブックコーナー」9:30~16:3012月26日12:00~16:3012月27日9:30~12:00休業日日・祝※12月27日は営業■おやさと書店BOOKS道友9:00~17:0012月26日8:00~9:00/10:15~17:00※変更の場合があります12月27日9:00~15:00※毎月25・26日の購読受付は休止■東京支社東京教務支庁内TEL03‐3917‐6501月~金曜9:30~16:30土曜9:30~12:00日曜・祝日、12月28日(月)~1月4日(月)は休み※12月27日は9:00~12:00営業新任熊本大教会長に堤豊二郎氏11月26日のお運びで、熊本大教会(熊本県熊本市北区植木町亀甲2170番地)の6代会長に堤豊二郎氏(45歳)がお許しを頂いた。【堤氏略歴】昭和50年9月23日生まれ。平成5年8月4日おさづけの理拝戴。6年熊本市立高校卒業。19年陽昇分教会長、青年会本部実行部員。22年熊本教区青年会委員長。28年本部詰員。就任奉告祭は令和3年2月21日。森林和雄さん(もりばやし・かずお88歳・本部直属安東分・長順分教会長)8月9日出直された。長崎教区。山田アヤノさん(110歳・梅谷大・綾光分教会初代会長夫人)9月14日出直された。広島教区。井上武信さん(いのうえ・たけのぶ83歳・秩父大・武光分教会長)10月20日出直された。本部詰員、大教会役員、少年会秩父団団長、地方委員を務めた。埼玉教区。伯収さん(はく・おさむ=84歳・東中央大・東大和田分教会長)10月24日出直された。本部詰員、大教会役員、同祭儀部長を務めた。茨城教区。鈴木重雄さん(74歳・山名大・引佐分教会前会長)10月25日出直された。大教会准役員、青年会山名分会副委員長、北遠支部青年会委員長を務めた。静岡教区。平野富美子さん(ひらの・ふみこ=79歳・日野大・長良川分教会前会長夫人)10月27日出直された。婦人会日野支部委員、少年会日野団委員、坂祝分教会長(3代)を務めた。岐阜教区。山田静子さん(88歳・梅谷大・綾光分教会長夫人)11月1日出直された。広島教区。鈴木勲さん(94歳・日光大・大桑分教会前会長)11月3日出直された。栃木教区。河上勇さん(かわかみ・いさむ=90歳・南紀大・有井河内分教会前会長)11月7日出直された。大阪教区。安藝重子さん(あき・しげこ=95歳・明城大・明四十七分教会長)11月11日出直された。大阪教区。高倉千代造さん(70歳・中和大教会役員)11月11日出直された。奈良教区。中澤理さん(なかざわ・おさむ=92歳・東本大・本品分教会前会長)11月12日出直された。本部詰員、大教会役員、同教務部長、同ひのきしん委員長、品川支部長を務めた。東京教区。折口繁典さん(おりぐち・しげのり=78歳・防府大・南養德分教会長)11月12日出直された。旧粕屋支部長を務めた。福岡教区。向井静夫さん(92歳・池田大・宮水分教会長夫君)11月15日出直された。福岡教区。柴田義和さん(81歳・中津大・昭五分教会長)11月16日出直された。福岡教区。森川道信さん(74歳・敷島大・香久山分教会前会長)11月16日出直された。奈良教区。松浦正道さん(89歳・中野大・前原南分教会長)11月17日出直された。愛知教区。山口森多さん(やまぐち・もりた=88歳・磐城平大・喜多方市分教会長)11月17日出直された。福島教区。北野八重さん(78歳・敷島大・明弘紀分教会前会長)11月17日出直された。和歌山教区。陽気ぐらしのヒント人生相談結婚前に別の異性に心惹かれ…2年以上お付き合いしている彼と、半年後に結婚を控えています。しかし、近ごろ会社の先輩から熱心に好意を伝えられたことで、心惹かれています。婚約者の彼は仕事が忙しく、ほとんど会えていません。結婚式の準備も私一人で進めており、正直なところ、彼との将来には不安があります。そうした中で好意を寄せられ、良くないことだとは分かっているのですが、会社の先輩のことを好きになり始めています。(20代女性)お付き合いしている男性との結婚が決まって、おめでとうございます。いまが一番楽しいときですね。でも、婚約者の彼は仕事が忙しく、ほとんど会えないとのこと。半年後の結婚式に向けて、あなた一人で準備を進めているのですね。相談したいときに連絡できなかったり、あてにならなかったりして「本当にこの人で大丈夫だろうか」と、考えてしまうことがあるかもしれません。そこへ、会社の先輩から好意を寄せられて気持ちが揺れているとのこと。結婚を控えているあなたは、きっと輝いて、傍目にも魅力的なのでしょう。けれども、それは結婚を約束してくれた彼がいるからだと思います。寂しさから先輩を代役にしたのでは、元も子もありません。いまは慎むことが肝心です。安易な行動は相手を傷つけ、大切なものを失うことにもなります。立場を代えて考えると、よく分かるはずです。不信感から心を閉ざすようになり、心身のバランスを崩してしまう場合もあるでしょう。一生恨み続けることになるかもしれません。半年後を楽しみにして、ここは、もう少しの辛抱です。仕事が忙しい彼は「協力してくれない」「構ってくれない」のではなく、二人のために懸命に働いてくれているのです。また、彼が頑張れるのは、あなたという存在があるからだと思います。いまは役割を分担して、それぞれで頑張っている。そう思って、あなたにできることを懸命にやっていくのが、彼に対する誠実さではないでしょうか。もし、結婚自体に不安があるとしても、いまは先送りにしたり、よそ見をして紛らわせたりするのではなく、思うことは何でも彼に伝え、二人で相談することが大切だと思います。そのための時間は取ってもらいましょう。二人三脚はもう始まっていて、いまは彼と歩調を合わせ、しっかりと協力して前進すべきとき。それによって心が定まり、これからの夫婦としての絆が強まっていく大事な時期なのです。「みかぐらうた」に「ふたりのこゝろををさめいよなにかのことをもあらはれる」(四下り目二ッ)とあります。夫婦の心を治めるところに親神様の自由自在のご守護が現れてくる、とお教えくださっています。先の心配は必要ないと思います。回答者西村和久一筋分教会長「憩の家」事情部講師身上・事情などに関する悩みをお寄せください。個人情報は厳守いたします。●宛先=〒632‐8686 天理郵便局私書箱30号天理時報「人生相談」係●ファクス=0743‐62‐0290 ●Eメール[email protected]座右のおふでさき日々の理を積み重ねて上級日参を〝勇みの種〟に上級教会である中河大教会への日参を始めて24年。きっかけは、自教会の事情からだった。教会長後継者であった当時、苦しみから逃れたい気持ちで大教会へ毎日足を運び、神殿で額ずいた。翌年、教会長に就任するころには、教会の事情はだんだんと治まり、願いの筋は信者さんの身上・事情のおたすけへと変わっていった。日参を始めて5年がた 経ったころ、長年続けてきたこともあり、いったん区切りをつけようとしたときがあった。そのことを知った、当時、大教会役員をされていた小谷信太郎先生(故人)が「大鳥君、結構に伸び栄えていく方法を教えてやろう。それは日々の理やで。日々の理は、ちょっとずつ増やしていくんやで。無理はしなくていいけれど、そのちょっとずつの〝ちょっと〟が、伸び栄えていく秘訣やな」と、ニッコリ笑って話してくださった。その間、2カ月ほど日参しなかった期間には、なぜか信者さんのおたすけが行き詰まることが増えていた。小谷先生にかけていただいた言葉について夫婦で話し合い、再び日参を始め、これからも継続していくことを心定めした。すると、数々の不思議なお働きをお見せいただくようになった。日参を重ねることで何倍もの理を頂けていると思うと、勇み心が湧いてくる。さて、肝心のをやのかな目に適っているのかと自問すれば、自分では真っすぐなつもりでも、神様の目から見れば、まだまだ歪んでいるところがあるかもしれない。これからも日参を〝勇みの種〟として通りながら、少しでも喜んでもらえる姿を目指したい。