天理時報2020年12月6日号2面
視点短い言葉に想いを託し「長い手紙を書いて申し訳ありません。短い手紙を書く時間がなかったのです」という言葉を聞いたことがあるだろうか。フランスでは、高校の国語の教科書で、ある手紙の一部として紹介されているという。この言葉は、簡潔に短く文章をまとめることの難しさと、それが相当の時間を要する作業であることを端的に表していると思う。本教では、教祖が「みかぐらうた」と「おふでさき」という原典において、お歌を通じて教えを伝えてくださった。一般的に、歌の形態での伝達方法には文字や形式の制約がある。「短い言葉に思いを込める」という作業を通じて、ずばり何を言いたいのかというメッセージが鮮明になる。と同時に、端的にストレートに心情を表すということと、比喩などを用いて奥深い意味を相手に考えさせるという効果もあるだろう。教祖が歌を通じて教えを伝えてくださったことに思いを致すと、そこには私たち人間が徐々に得心できるようにとの、親心ゆえの慈しみ深い配慮がうかがえる。本教の教えは、人さまに話を取り次いで広めていくべきものである。そこに説得力を持たせるには、私たち一人ひとりが教えを知っているだけでなく、身に行い、心に治めて通ることが大切であり、それが言外に相手の心に映るに違いない。一方で、上手に的確に教えの一端を伝えるには、日ごろの鍛錬も必要であろう。にをいがけ・おたすけにおいて、相手の悩みや苦しみに耳を傾ける中で、その人が少しでも教えに耳を傾ける心の状態が整ったなら、ためらう必要はないと思う。そのタイミングで何が伝えられるか。そのためには、日ごろから短い言葉で教えを伝える〝心の訓練〟が求められる。エレベーターピッチと呼ばれる、ビジネスの場面でのプレゼンテーションの手法がある。これは、エレベーターに乗っているくらいの短い時間で、自社のビジネスについてプレゼンするというもの。たとえば、エレベーターの中で大物投資家とばったり出会った営業マンが、投資家が1階で降りるまでの二人だけの密室で売り込みをするチャンスを得た――。こうした設定で1分間でいかに効率良く、自社をアピールできるかを競い合うワークショップが行われているという。信仰の世界はビジネスとは大いに異なるが、こうした訓練も必要かもしれない。近年はITの発展によりプレゼンも多種多様になってきているが、どんな言葉で、どんな口調で何を伝えるかは、今も昔も変わらない要点だと思う。「おさしづ」に、こうある。「この道遠い所へ行けば大層である。大層なれど、大層の中から出て来る。世界の大層を持って出て来るを、聞いてやらにゃならん。聞いてやれば、皆々分かる。遠い所へ行く。今一時の処、困難や困難や。理の集まる処、心から心あって出来た。出来たる処、これ兄弟という理」(明治35年8月10日)これは、本部から10の教区へ出向いていく者へのお言葉である。こちらの思いを伝える前に考えるべきは、相手が何を欲しているか、何を訴えたいかではないかと思う。そのために8割聴いて、2割伝えることを心がけたい。その2割で何を伝えるかは、8割の「聴く」にかかっている。伝えたいコンテンツは決まっていても、相手にふさわしい伝え方があるはずだ。大勢で集まるのが難しい状況だからこそ、一対一の場面での受け答えを相手本位に考えて工夫し、その困難を理解し、「理の集まる」努力を心がけたい。先日、コロナ禍のさなかに苦労してアメリカから帰ってきた、ある教会関係者と話した。彼は「海外の教会長夫妻は、本音を言うと心が疲弊し、元気がないと思う。年末に年賀状を送るときは、海外の教友の心がぽっと明るくなるような、元気や勇気を与える文面で励ましてください」と、奮闘する海外教友の気持ちを代弁していた。じっくり考えて、相手がどんな一年を過ごしたのかを想像しつつ、短い言葉に想いを託して、年賀状をしたためたいと思う。(ひ)晩秋の日差しに包まれ11月月次祭教会本部の11月月次祭は26日、中山大亮様祭主のもと、本部神殿で執り行われた。新型コロナウイルスの感染拡大を防止するため、本部神殿にはつとめ人衆をはじめ、直属教会長、教区長、各地から帰参した教会長が昇殿した。晩秋の柔らかな日差しが降り注いだこの日の親里。祭典の始まるころには気温が10度まで上がり、穏やかな日和に恵まれた。大亮様は祭文の中で、教祖をやしろにこの世の表にお現れになり、たすけ一条の道をつけて、陽気ぐらしへとお導きくださる親神様のご慈愛に御礼申し上げたうえで、「御前には、つとめ人衆と代表の者が登殿させていただき、日ごろ賜る厚き御恵みに御礼申し上げ、一層の成人を誓い、一心につとめる状をご覧くださいまして、親神様にもお勇みくださいますようお願い申し上げます。私ども同は、なおも長引く不安な状況の中に、親神様の思吾を求め、ようぼくとして思召に適う勤めを思案し、真実を尽くしていく所存でございます」と奏上された。この後、かぐら・てをどりが陽気に勤められた。おつとめの後、山本忠治・本部員が神殿講話に立つた。山本本部員は冒頭、陽気ぐらしを目指し、世界たすけを念じて、ご存命の教祖の手足となって、たすけ一条に働くことがようぼくにとって大切な心構えであると指摘。日々こつこつと教えを実行することで、着実に陽気ぐらしへと前進することができると話した。続いて、教会の記念祭を機に、「教えの実践を」との思いで神名流しとごみ拾いのひのきしんを始めたことにふれたうえで、人間思案を断ち切る「勇気」と、どんな日も定めた心を続けていく「根気」が大切であると語った。さらに、神名流しとひのきしんを今日まで継続する中で、親神様のご守護をよ感じられるようになり、感謝と報恩の心が高まったとして、お道の教えは自分で実行して通って、「なるほど」と喜びを感じさせていただくものであると述べた。最後に山本本部員は、目の前で悩み苦しんでいる人に声をかけ、寄り添うことから世界たすけの一歩が始まるとして、「陽気ぐらしの道を一歩でも前進できるよう、先を楽しみに小さなことから教えを実行させていただこう」と呼びかけ、講話を締めくくった。11月月次祭は、直属教会長や教区長と共に各地の教会長が昇殿して勤められた(11月26日)254定時集会令和3年度「会費」など審議第3回「定時集会」(老沼康議長)は11月2日、会期1日で招集された。本会議では教庁から「令和3年度教会教費案」と「『一般教会規程」及び「宗教法人天理教規則』中一部変更の件」の二つが上程され、原案通り可決・承認された。このほか、天理高校の信条教育と、本教の布教活動について二つの一般質問が行われた。本会議では、教庁提出の「令和3年度教会教費案」が上程され、増野正俊・経理部長が議案を説明した。これは、次年度の教庁予算編成を前に、財務規程第3条に基づいて決定されるもの。内容は、昨年と同様に部属分教会で1万5千円などとするもので、直後の採決で可決・承認された。引き続き、「『一般教会規程』及び『宗教法人天理教規則』中一部変更の件」が上程され、可決・承認された。信条教育に関する質疑一般質問では、「天理高校の信条教育と今後の育成丹精について」と題して、谷澤茂男・集会員(埼玉)が質問に立った。天理高校は、その理念を明治33年に開設された天理教校に置き、4年に開設された旧制天理中学校を創立の元とする。天理教教義に基づく信条教育を校是とし、学校生活全般にわたって宗教的な信念と情操を培えるよう配慮している。討議では、同校の特徴や教育成果などについて、竹森博志校長、西浦三太副校長が答弁に立った。その中で、竹森校長は「特にスポツ部を中心に、本部神殿でのおさづけの取り次ぎ、お願いづとめが行われている。また、第1類で選択できる『用木コース』は、これまでに7千人が修了しており、現在も生徒の約半数が在籍している」と紹介したうえで、同校第2部でも同様の信条教育が施されていると説明した。さらに、学校本部として描く信条教育のあり方について問われた深谷善太郎理事長は、恩の分かる人に育てることが信条教育の基盤であるとして、親里管内の学校へ一度は進学することで、「身も心もおぢばが懐かしい親里になる。理屈ではなく、一生の宝になる」と、その意義の重要さを強調した。この後、藤井慶彦・集会員(愛知)が「布教活動の展望について今のコロナ禍において」と題して質問。全教一斉行事の今後のあり方や、インターネットを活用した布教部の取り組み、また、9月から運用が始まった教区・支部で活用する名簿ソフト「Kmeibo」の利用状況などについて討議された。本会議の冒頭、あいさつに立った中田善亮表統領は、新型コロナウイルスへの対応に追われた一年を振り返ったうえで、お道の活動のあり方や考え方も変容する時期であると指摘。『稿本天理教教祖伝逸話篇』「登る道は幾筋も」を引きながら、「新しい道、われわれの知らなかった道、陽気ぐらしへ向かう道が、まだまだ幾筋もあると認識して、開拓していかなければならない」と述べ、この節を前向きに捉えるよう促した。第254回「定時集会」では、2件の一般質問などが討議された(11月27日、教庁4階講堂で)道友社社ラジオ「天理教の時間」ポッドキャストに対応道友社(松村義司社長)が制作しているラジオ「天理教の時間」がこのほど、ポッドキャストでも聴けるようになった。ポッドキャストとは、音声や動画の配信サービス。さまざまなアプリケーションを通じて、スマートフォンやパソコンで利用できる。今回の対応により、たとえば、音声操作に対応しているスマートフォンやスマートスピーカーに「ポッドキャストでラジオ天理教の時間を再生して」と呼びかけると、同番組の最新話を再生することができる。なお、「天理教の時間」は、ポッドキャストのジャンル別人気ランキングで一時トップ10に入るなど、好評を博している。和楽北海道へ行く機会を得た。むろん観光ではないが、縦に長い日本を体感できるのは子供のようにわくわくする。飛行機は往復とも窓際を押さえた。出発時の熊本空港の気温2度。到着時の千歳空港の気温4度。地上がやけに白いなと思ったら雪だった。まさか要らないだろうと思いながら持参したコートに助けられたどこの森も紅葉を過ぎつつあり、冬景色に変わる準備をしている。抜けるような青空と白い大地中間を彩る赤や褐色の帯。凜とした冷たい空気も相まって、しばらく息ができないほどの美しさに酔いしれた。いろいろと厳しい社会情勢のなか、景色を愛でる余裕が持てない人もいるだろう。よそ者には分からない雪の煩わしさもあろう。しかし、ここは素直に、美しい風景を美しいと感じられる心に感謝した。この美しさは、富める者にも貧しき者にも、幸福な者にも不幸を嘆く者にも平等に与えられる。大自然は相手を選ばず、いつも変わることなく、われわれを包んでくれている「過去と他人は変えられない」。カナダの精神科医、エリック・バーンの言葉だといわれている。変えられない過去、変えられない他人は、まさにこの風景と同じく、自分の周りにありのまま存在する。変えられないのなら受けとめるしかない。われわれを包み込む過去と他人は、愛する子供のためにすべて神が用意してくだされた風景に違いない。そこに美しさを見いだし、意味に気づくのは、こちら側の問題である。こうして視線を内に移すことで、反対側にある「自分」と「未来」に意識が向くもう一つ付け加える。心の力と余裕が美しい風景に気づかせてくれるように、その新しい「自分」と「未来」への視線が、変えたい「過去」、変えたい「他人」の見方を変えてくれる。変えたかっ過去と他人は、そのと初めて変わるのだ。(茶木谷)教会長おたすけ相談室■受付専用ダイヤル0743-63-1641親里情報便12月~1月灌漑医療ようぼく(要員)募集案内立教184年布教の家入寮案内