先端半導体を制する者は世界を制する – 手嶋龍一のグローバルアイ24
ウクライナの最前線で激戦を繰り広げているロシアは世界有数の軍事大国だ。だが、必ずしも兵器大国とは言えない。現代の精巧な武器システムを支える先端半導体を製造できる企業が国内にないからだ。敵の心臓部にぴたりと命中させるには、ミサイルを正確に誘導する装置が欠かせない。だが、誘導ミサイルを作動させるには、複雑な演算をこなし、膨大なデータを収めた超微細なメモリー半導体が必要である。ロシアは軍需産業を支える半導体を中国に密かに頼っている。
かつては戦争を勝ち抜く力の源泉は石油だった。だが21世紀のいま、先端半導体なくして敵を圧倒することなどかなわない。超高純度のシリコン・ウェハーには、電流の流れを制御するトランジスタ素子が集積され、超微細な電子回路が書き込まれている。10億分の1メートルという「ナノ」単位の半導体があってこそ、演算をこなし、膨大なデータを記憶し、電流の流れを制御することが可能となる。それゆえ各国の半導体企業は日夜、激烈な開発競争を繰り広げているのである。
その頂点に君臨しているのがTSMC(台湾積体電路製造)だ。いまや”台湾のダイヤモンド”といわれるこのハイテク企業は、「ナノ」級の先端半導体を造りだす技術をほぼ独占し、市場の半ばを占めしている。だが、そのTSMCにも弱点がひとつだけある。台湾海峡を挟んで中国大陸を望む台湾の北端に主力工場があるからだ。台湾有事が勃発すれば、対岸の水門空軍基地から敵の戦闘機が5分余りで飛来してしまう。
米中の対立が深まるなか、米国政府は2020年5月、TSMCの工場をアリゾナ州に誘致し、先端半導体を組み込んだ製品の対中輸出を停止して中国包囲網を敷いた。2年後、CHIPS法を制定し米国内の半導体企業に巨額の補助金を支出する道を拓いた。これに遅れまいと日本政府もTSMCの工場を熊本に招き、”半導体王国”の復権に向けて動き出した。
日本の有力企業8社も最先端の半導体製造を目指すラピダスを設立して北海道・千歳市に進出する。先端半導体を制した者が国際政局の主導権を握る時代が幕を開けたのである。