寒中に神苑の紅梅ほころぶ “生涯”を心に定める – 逸話の季
2月です。暦のうえでは春になりましたが、朝の空気は凍てつく日々が続いています。
家の近くの土手を探してみても、ふきのとうはまだ見つかりません。それでも冬枯れの木々の枝先には、淡い色の新芽が膨らんでいました。春を告げる鳥たちのさえずりが、里山に満ち溢れる季節が近づいています。
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明治17年2月のこと。当時ソコヒ(緑内障)を患っていた増野正兵衞の妻いとは、親しい間柄の人から「天理王命様は、まことに霊験のあらたかな神様である」と聞きます。早速、夫婦揃って神様のお話を聞かせていただき、真剣に祈りを捧げると、妻の目は翌朝にはよく見えるようになり、正兵衞が十数年来患っていた脚気などの病も良くなりました。
しかし、またすぐに容体が悪くなったため、夫婦は「一夜の間に、神様の自由をお見せ頂いたのであるから、生涯道の上に夫婦が心を揃えて働かせて頂く、と心を定めたなら、必ずお救け頂けるに違いない」と語り合い、夫婦心を合わせて朝夕神前にお勤めして、心を込めてお願いをしました。すると正兵衞は15日間、いとは30日間ですっきり全快し、ソコヒの目は元通りよく見えるようになりました(『稿本天理教教祖伝逸話篇』一四五「いつも住みよい所へ」)。
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一夜の祈りで一日の「神様の自由」を見せていただいたのであれば、“生涯”夫婦が心を揃えて道の上に働くと心を定めたなら、全快するのではないか――。分かりやすい足し算のように思えますが、実際はそれほど単純な話ではないでしょう。
なぜなら、この先の“生涯”は、これから歩む時間だからです。あらかじめ、未来の出来事を知ることはできません。本当にすっきりたすけていただく心定めであったかどうかは、あとで人生を振り返ったときに分かるのではないでしょうか。
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さらに教祖は、正兵衞に「いずれはこの屋敷へ来んならんで」と仰せられます。このお言葉通りに、のちに正兵衞はおぢばへ移り住み、終生この道のために尽くしました。晩年に自らの信仰の歩みを振り返ったとき、文字通り“生涯のたすかり”を実感したに違いありません。
文=岡田正彦