第18話 人間はおかしな生き物 – ふたり
のぶ代さんが作ったソーセージやベーコン、省吾さんが育てた豚の肉、それに新鮮な野菜を仕入れて帰ろうとしていると、農場の傍らを流れる小川の土手に新太がしゃがみ込んで、熱心に川のなかを覗き込んでいる。カンは食材を車に積んでから、そっと近づいていった。
子どもは気づいて振り向いた。指さしたほうを見ると、川岸の湿った砂のなかに黒っぽいものが顔を出している。貝のようだった。どうやら砂にもぐっていこうとしているらしい。その様子を新太はじっと見ている。
完全に見えなくなると、彼は土手から川岸に降り、両手で湿った砂を掘りはじめた。やがて砂に隠れた貝が姿を現した。それを手のひらに載せて見ている。細長い二枚貝は、新太の手の上でじっとしている。子どもは貝が動き出すのを待っている。
カンが新太の手から貝をつまみ上げた。尖ったほうを下にして元の湿った砂に置くと、貝はゆっくり砂のなかにもぐりはじめた。ほとんど動いているのがわからないくらいのスピードだ。
「逃げる?」。子どもは心配そうにたずねた。
カンは「大丈夫」というふうに首を振った。
「イシガイか」
省吾さんだった。豚に餌をやってきたところらしい。袋に入った飼料のようなものを抱えている。それを足元に置くと、二人が座っている横に腰を下ろした。しばらく新太の様子を見ていた省吾さんがカンに歳をたずねた。
「早いもんだな。おやじさんに連れられてここへ来たときは、まだ小学生くらいだったろう?」
省吾さんは幼いカンの姿を探し求めるように、川岸にしゃがみ込んでイシガイを観察している新太のほうへ目を向けた。
「あいつも、あっという間に大きくなるんだろうな。あと十年、二十年……そのころには、おれはもういないだろう」
やがて新太が川から上がってきた。手にイシガイを持っている。どうやら逃がしてやるつもりはないらしい。
「誰だっていつかは死ぬ。それがわかっていながら、最後までジタバタと生きるのが人間だ。若い連中や自分がいなくなった世界のことを考えたりしてな。おかしな生き物だ、人間というのは」
二人はしばらく小川のせせらぎに耳を澄ますようだった。