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ギターとカラオケ

イラストレーション:西村勝利

父が物置から古びたギターを出してきて、「練習してみないか」と私の前に置いたのは、中学3年生のときでした。すぐに練習を始め、やがて基本コードのCとFとG7を覚えたころ、私の伴奏で父が歌ったのが昭和の名曲「知床旅情」です。以来、コードを覚えることが楽しくなり、ギターは私の趣味の一つとなりました。

ナツメロが好きな父の影響で、高校のころには「影を慕いて」や「湯の町エレジー」などの古賀メロディーも弾けるようになりました。もっとも、それを聞いた友人たちからは冷笑され、妙な顔つきで見られもしましたが――。

私の高校時代はフォークソングが大流行した時代です。軽音楽部で、かぐや姫や吉田拓郎を歌いまくったり、イベントがあるたびに友達とデュオを組んだりしました。

大学時代には、ほんの一時期ですが、酒場で歌の伴奏のアルバイトもしました。当時すでにカラオケもありましたが、「8トラ」というテープ式で曲数も少なく、お客さんの多彩なニーズに応えるにはギターが一番でした。いわゆる「流し」です。おかげで有名な演歌は、だいたい伴奏できましたし、戦前戦後に流行った歌謡曲もよく歌いました。

その後、時代が進むにつれてカラオケは急速に進化し、酒場での流しの出番は激減していきます。特に、近年のカラオケにはAIが搭載され、仲間と得点を競う楽しみ方が増えているそうです。

こんな時代にギターの流しなんているのだろうかと、気になって調べてみると、現役の流しとして活動している人が数人見つかりました。結構人気もあるようです。

流しの良さは、なんといってもアコースティックギターの音と歌声を、何の加工もせずにお客さんの耳に届けるところにあります。

そもそも音は、空気の振動が波となって人の耳に届くもの。そのなかでCDなどのデジタル機器から聞こえるのは、音源である楽器の音や人の声を数値に変換して記録し、それが再生された音です。しかも人間の耳には聞こえない周波数の音域はカットされているので、同じように聞こえる音楽でも、ライブで聞く音とCDで再生された音では、聞こえ方や感じ方が違うのです。

ライブが人気なのはそのためで、流しのギターが人の心を癒やすのも同じ理由だと思います。

アナログの良さ

ところで、一昨年から続いているコロナ禍で人と人との関わり方が大きく変わりました。なかでもオンラインによる会議や打ち合わせが定着したことは、画期的な変化です。これにより、渋滞や通勤ラッュが少し緩和された今の状況は、コロナ禍から生まれたメリットの一つといえるでしょう。

その一方でコロナ禍は、直接会って言葉を交わすことの大切さに、あらためて気づく機会になったといえるかもしれません。特にアナログ世代の高齢者や、生まれて日の浅い乳幼児の場合は、対面の持つ意味が非常に大きいように感じます。

対面で伝わるのは言葉だけではありません。表情や吐息、時にはスキンシップが心を癒やすケースもあります。流しのバイトをしていたときも、よくそれを感じました。

現代は、さまざまなストレスから心を病む人が多くいます。そんな人に直接会い、笑顔を見せて、優しい言葉を柔らかな風に乗せて届ける。すると相手からも、穏やかな表情と感謝の言葉が返ってくる。コロナ後の社会に、こんな風景が広がっていったら、どんなに素晴らしいことでしょう。

最近、レコードやカセットテープといった、アナログの良さが見直されているそうです。また、昭和歌謡が若者の間で静かなブームになっているという話も聞きました。実にうれしいニュースです。

このブームがブレイクして、今はまだ幼い私の孫の世代へと続いてほしい。そして近い将来、成長した孫たちと「知床旅情」を一緒に歌うことができたなら――。そんな日を夢見ている今日このごろです。


安藤正二郎(天理教本則武分教会長)
1959年生まれ


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