大きく翼が伸びるようとことん褒めて育てる – 幸せへの四重奏
5歳から天理教音楽研究会の弦楽教室に通い、18歳で渡米。ミシガン州立大学とライス大学大学院で才能に磨きをかけ、2000年にアメリカを代表する実力派カルテット「ボロメーオ弦楽四重奏団」のヴィオラ奏者となった元渕舞さん。以来、世界中で演奏活動を行う一方、世界有数のニューイングランド音楽院の教授として後進の指導にも力を注いできました。
このほど出版された元渕さんのエッセー集『幸せへの四重奏』から、そんな教育現場でのエピソードを紹介します。
ニューイングランド音楽院で元渕さんは、才能のある学生たちが希望を失い、自分を見失っていくケースをいくつも見てきました。音楽院のレベルの高さに気後れして、自分の居場所を見失ってしまうのです。
ライバル意識の強い学生たちは、クラスメートの演奏を常に批判の耳で聴いていて、一人に演奏させて他の学生たちの感想を聞くと、辛口の批評ばかり。
そこで元渕さんは、せっかく素晴らしい演奏をしたのに、敗者のような顔をしている奏者と、それを聴いていた学生たちに、こう語りかけました。
「音楽は“時間の芸術”だ。時間を音で彩る者として『今』の自分を見つめ、向き合うことで、『今』しかできない演奏ができる。そこに居合わせた聴衆は、その時しか存在しない“音の証人”だ。だから、演奏する者も聴く者も、『今』という時を共有したことを大切にしよう」
そしてもう一度、奏者をステージに立たせ、全員に「彼女の演奏で良かったことを三つずつ挙げてごらん」と言うと、いいコメントが次々と集まりました。奏者は照れながらも顔が生き生きしてきて、コメントしている学生たちも、とても優しい顔になりました。
元渕さんは続けました。
「いま、あなたたちは、彼女が自由に演奏できるように、彼女の翼を広げてあげたのよ。これからも、お互いのいいところを見つけてあげましょう」
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元渕さんが子供のころ、発表会で演奏するたびに、両親は必ず聴きに来てくれました。父親はいつも怖い顔でじっと聴いていましたが、家に帰ると、良かったところをとことん褒めてくれました。
元渕さんは、何があっても両親が愛してくれている、そばにいつも一緒にいてくれているという絶対的な安心感が、自分の自信につながっているといいます。
「私は、どんな生徒でも、その子の特徴を見抜くのがわりに得意なほうだ。その子のユニークさをとことん褒める。人と違ったところ、ほかの人にはないその子の『らしさ』を見つけ、褒めながら導くと、大きく翼が伸びるのを何度も見てきた。
違っていていい。君にしかないその特徴こそが、神様が与えてくださった才能ではないかと思う。そして、それを見つけて育て上げるのが私の、教師としての使命だと思う」