幸せへの四重奏 – 練習室の外の世界
元渕舞
ボロメーオ弦楽四重奏団ヴィオラ奏者
ニューイングランド音楽院教授
この秋“家族”が二人加わった。音楽院新入生のクロエと、昨年から私の門下生で大学3年生になるアヤノ。クロエは、コロナ禍で仕事が減り、学費のほかに寮費までは払えないと両親から相談を受け、わが家から音楽院へ通わせることにした。アヤノはアメリカ生まれの日本人。うちの娘たちがよく懐き、部屋を探していたアヤノの同居を娘たちにせがまれたのだった。音楽院のヴィオラの門下生も12人から17人に増え、室内楽の私の担当は33人になった。そのうえ、家に帰れば毎日6人分の食事を作るから、一日中てんやわんやである。
しかし、忙しければ、それだけ時間を上手に使うようになるので、以前よりもむしろ、ゆとりを持って生活しているように思う。「1日24時間しかない」と思っていたのが、「24時間もある」に変わってきた。
音楽院の学生は練習室からほとんど出ないので、みんなビタミンDが足りていない。作曲家の心を読むのが音楽家の仕事なのに、音楽院の学生たちが世の中をあまり見ていない生活を送っているのを、私はこれまで見てきた。これでは将来の音楽の世界はどうなってしまうのだろう。
そこで私は月に2回、ヴィオラの学生と娘たちを連れて遠足へ出かけることにした。1回目は、わが家の庭でバーベキュー。2回目はボストン郊外にある、アメリカで一番古い海洋公園。3回目はりんご狩り。練習室の外の世界は、こんなに広いんだということを体で感じてほしい。楽譜の奥に潜む人間に触れてほしい、そんな思いからだった。
私の両親は、自分が感動したり驚いたりしたことがあると、真っ先に私たち3人娘に経験させてくれた。「ホタルがきれいだから今夜見に行こう」「ザリガニがたくさんいる場所を見つけたから、いまから捕まえに行こう」「郡上八幡の桜がきれいだから行こう」
いま、両親の気持ちがよく分かる。そうした経験のおかげで、いまの私がいると実感している。