天理時報2023年2月8日号6面
【一方的な物差し – よろずの美の葉】先日、うっかり髪を切ってしまった。「うっかり」と表現するのは、10年に一度の大寒波到来との報道を私が完全に忘れていたためで、しかも今までで一番のショートヘアにしてしまったから大変だ。外に出るたび頭が寒く、あわてて箪笥から帽子を引っ張り出した。寒暖や人目さえ気にしなければ、現代の女性はどんな髪型をしても特段問題はない。ただ今から千年昔の平安時代には、髪は成人女性の大切な美の条件。絵巻物などに見られるように、身長より長い黒髪が望ましいとされていた。平安時代中期、村上天皇の妃だった藤原芳子は大変な美女と伝えられ、歴史物語『大鏡』には「彼女が牛車に乗ると、身体はもう車の中なのに髪の先はまだ母屋の柱のそばにある」と、その髪の驚くべき長さを記している。人の髪が伸びる速さは通常、1年に10センチ程度。芳子の生年は不明だが、40歳以前に亡くなったと推測されるので、一生涯をかけたとて、『大鏡』が記すほどの長い髪になるとは思い難い。芳子を美人と形容する修辞だろうが、平安人の黒髪にかける思いの強さが偲ばれる。『源氏物語』より少し遅れて記された『浜松中納言物語』には、女性の髪を褒める際、「頭頂から毛先まで乱れたところがなく、特別な漆を塗ったかのようにつやつやとして、まるで人の姿が映りそうなほどだ」と表現している。黒髪がなにかを反射するとは、現代人にはどう頭を絞っても思いつかぬ言い方だ。ただ髪の性質は個人差があり、どれだけ努力しようとも当時の美の基準には合わぬ女性もいたはず。鎌倉時代に記された『男衾三郎絵詞』という絵巻物には、縮れ毛の女性が坂東一の「醜女」として登場する。この女性の娘もまた、母親同様に髪が縮れており、それを懸命に梳ってまっすぐにしようと整えている場面も絵巻には記されている。物語の筋立て上、このシーンは笑いを誘う場面として描かれている模様だが、実のところ私には、それを滑稽と思うことができない。物事の基準とは便利なもので、その物差しさえ当てれば何でも分かりやすく判断できる。だが自分ではない誰かが決めた物差しで無理やり測られ、分類される事実の何と一方的であることか。それが自分ではどうしようもならぬことだとすれば、なおさらだ。そう思うと、髪が長かろうが短かろうが何も言われぬ現代社会のありがたさを思う一方で、いまだ存在する様々な物差しにあらためて思いを馳せずにはいられぬのである。, 【厚労大臣から感謝状 – 大阪の辰巳順一郎さん】傾聴を心がけ親身に尽くし辰巳順一郎さん(71歳・双文川分教会長・八尾市)は先ごろ、民生・児童委員として21年間にわたって地域の社会福祉に貢献した功績が認められ、厚生労働大臣から感謝状を贈られた。平成13年、教友の推薦を受け民生・児童委員に委嘱。以来、高齢者宅の訪問などを続け、対象者の話に傾聴することを心がけてきた。これまで、全国民生委員児童委員連合会会長表彰を受けたほか、24年には八尾市長、大阪府知事から表彰を受けた。辰巳さんは「立場のおかげで、多くの方々のおたすけに携わることができた。これからも、より一層、人さまのために親身に尽くしていきたい」と語った。(双名島大・馬場社友情報提供), 【百寿迎えた母の真実を見習って – 読者のひろば】永瀬加代子(74歳・山口県下関市)先日、母が100歳になったお祝いの誕生会を開きました。多くの親族に囲まれ、幸せそうに微笑む母の姿を見て、これまでの母との思い出を振り返りました。私が幼いころ、母は私たち5人の子供を抱えながら、両親や所属教会の御用などに尽くしました。決して裕福とは言えない暮らしの中で、なぜ母は人のためにばかり尽くすのかと不思議に思うことがよくありましたが、そんなとき母は「人さまの用事をさせていただくときは、陰日向なく取り組み、求められたこと以上の働きをすると、教祖が喜んでくださるのよ」と、教えてくれました。看護学校を卒業した私は、看護師として勤める中で、事あるごとに母の言葉を思い出しながら、患者さんと向き合ってきました。「人さまのために」と心を砕くうちに、いつの間にか心が晴れるという体験を繰り返す中で、いまは母が人のために尽くした理由が分かるような気がします。母は現在も元気で、多くの孫やひ孫に囲まれ、何不自由ない生活を送っています。私も母を見習って、より一層、人さまに尽くす道を通りたいと思います。, 【たすかりを祈って毎日お願いづとめ – 読者のひろば】竹村祥子(87歳・鹿児島県奄美市)昨年のある日、親しい教友が事故で意識不明の重体に陥り、緊急入院したとの連絡が入りました。急な知らせに頭の中が真っ白になりましたが、「何か自分にできることをさせてもらおう」と思い直し、友人のたすかりを祈って、十二下りのてをどりを毎日勤めるようになりました。ところが、教友の容体は日に日に悪化。心配で胸が押しつぶされそうでしたが、「きっとご守護いただける」と信じ、元気だったころの教友の姿を思い浮かべながら十二下りを続けました。そんななか、心定めから数週間経ったころ、教友が意識を取り戻したとの連絡が入ったのです。この鮮やかなご守護に「親神様が願いをお受け取りくださった」と、感謝の気持ちで胸がいっぱいになりました。その後、教友の体調は順調に回復し、いまでは杖をついて歩けるようになったとのこと。コロナの影響で、教友との面会はいまだ叶いませんが、教友の元気な顔が目に浮かび、自然と勇み心が湧いてきます。教祖140年祭へ向かう旬、これからも親神様・教祖に喜んでもらえるよう、自分にできるおたすけを心がけていきたいと思います。, 【成長するということ – まんまる】四コマ漫画のもとになった「成長するというコト」(ラジオ天理教の時間)はこちら