天理時報2023年2月8日号3面
【外国語の教語解説ページ新設 – 海外部】教語を外国語で解説した新設ページ海外部(松田理治部長)はこのほど、教語を海外の未信者向けに解説したウェブページを新たに公開した。天理教ホームページでは現在、外国人向けに本教の歴史や主な活動などを計15の言語で紹介している。今回新設されたページは、外国人へのにをいがけをサポートする役割を担うもの。ページ内では「ぢば」「親神天理王命」「教祖」などの教語を各言語で解説している。また、日本語表記にも切り替えられるため、外国語に不慣れな人でも教語を説明することができる。同ページは現在、英語、中国語(簡体字・繁体字)、ポルトガル語、スペイン語、フランス語、韓国語、ドイツ語の7言語に対応している。今後、タイ語とベトナム語も追加される予定だ。外国語の教語解説ページは下記よりhttps://www.tenrikyo.or.jp/eng/word-jp/, 【児童館の子供への接し方に悩む – 人生相談】Q. 学業の傍ら、子供が好きで児童館でアルバイトを始めたのですが、子供たちによく悪口を言われます。「そんな言葉を言われると傷つくよ」と伝えても、言うことを聞きません。今後、どのように接していけばいいでしょうか。(20代女性)A. 大学の勉強は進んでいますか。将来、子供と関わる仕事がしたいという明確なビジョンを持ってのアルバイト選びと聞いて、素晴らしいことだと思いました。ところが、始めてみれば、なかなか思い描いたようにはいきません。子供たちからの悪口に悩んでおられるようですね。児童館に来るということは、小学生くらいでしょうか。低学年であれば、まだ気持ちを言語化する力が未発達な子もいます。高学年以上では、親や大人への反抗心の芽生えもあるでしょう。とにかく、悪口を言ってくるのには、必ず何か理由があります。家庭だったり、学校だったり、どこかに子供の心を波立たせているものがあって、それを吐き出しているのだと思います。あなたにお願いします。子供をよく見てください。見えない心の中も想像して、汲み取るのです。もう一つ、子供はどんな大人を信頼するでしょうか。一番は「話をよく聞いてくれる人」です。真剣に向き合う気持ちは、必ず子供の心にも届くはずです。教祖のご逸話を読んだことはありますか。教祖と小さな子供とのやりとりに、あなたの将来の指針が見つかると思います。宿題にしておきますね。どうか志を育てていかれることを祈ります。回答者 : 吉福多恵子(濃飛分教会前会長夫人), 【創立130周年記念祭 – 津大教会】津大教会(久保初雄会長・津市)は2022年11月24日、創立130周年記念祭を執り行った。同大教会では、「おつとめの充実」の活動方針のもと、教会本部から講師を招いて「おてふり・鳴物研修会」を実施するなど、おつとめを通じて成人の歩みを進めてきた。祭典では、おつとめを勤めた後、真柱様のメッセージを、大教会世話人の松田元雄本部員が代読。続いて、あいさつに立った久保会長は、「今後、三年千日と仕切って、陽気ぐらしへの世界たすけの御用のうえに邁進したい」と誓った。(津大・前田社友), 【創立130周年記念祭 神殿増築・修築・屋根葺替奉告祭 – 南阿大教会】南阿大教会(岩佐円秋会長・徳島県阿南市)は2022年11月20日、創立130周年記念祭と、神殿増築及修築並屋根葺替奉告祭を執り行った。同大教会では、「一手一つに御恩報じの決意と教えの実行」を活動方針に掲げ、10項目からなる「日々の歩み」の徹底を促し、この日を迎えた。祭典では、真柱様のメッセージを、大教会世話人の増井幾博本部員が代読。おつとめの後、あいさつに立った岩佐会長は「皆さま方と共に、ご存命の教祖にお喜びいただけるよう、一手一つに成人の歩みを明るく勇んで通らせていただきたい」と決意を述べた。(南阿大・山野社友), 【自ら求め体験してこそ – 視点】春季大祭後の最初の日曜日、天理駅前で路傍講演する知人と言葉を交わし、ホームに入ると、大阪へ布教に行くという先輩と出会い、年祭活動が動きだしたことを実感した。明治20年正月、おつとめを勤めれば官憲が干渉するので、教祖の御身を案じた人々が躊躇するなか、教祖は、親神様を信じきってつとめを実行するよう急き込まれ、26日に、人々が心を定めて勤めたことを見定めて、世界たすけの扉を開かれた。3年前から続くコロナ禍のもと、全教の教会は、月次祭に、たとえば信者さんの参拝を遠慮してもらう、直会を見合わせるなどの対応に苦慮してきたが、おつとめ自体をしなかったとは寡聞にして聞かない。教祖が御身を台にして仕込んでくださった教えが、連綿と息づいている証しといえるのではないか。この信念を込めたおつとめを基盤として、いよいよ始まった年祭活動のおたすけの動きを活発に行い、陽気ぐらしを目指す道を前へ進めたいものである。ところで、扉を開かれる直前のお仕込みは、たすけ一条の道全体に関わる重要な教えだが、ここに至るまで、教祖は人に臨み時に応じて、親神様を信じ、もたれきる心を養うよう導かれた。村人に初めて、をびや許しを渡される際、産後の患いの婦人に「疑いの心があったからや」と、心の置きどころを諭された。このことに象徴されるように、周囲の人々に対して、神様にもたれ、心を入れ替えることで病が癒え、家族をはじめ人間関係も治まるなどの実体験を通じて、親神様のご守護に間違いないとの信念を持つよう、年限かけてだんだんと仕込まれたのである。いま、「宗教2世」の問題が喧しい。信仰の継承も、世間の一般常識では量れない、親神様の存在とお働きのあることを定規とする信仰的な考え方に基づき、一人ひとりが自ら求め、少しずつでもやってみるという体験の積み重ねによって、自分の信仰として確信するに至るのである。この三年千日、ひながたを目標に教えを実践し、その中でもおたすけに積極的に励むことにより、それぞれが確たる信念を身につけ、伝えていきたいと思う。(松村義)