天理時報2021年5月30日号4面
特別企画信心への扉おやさまに導かれた女性いつも綺麗な心で、人様に喜んでいただくように梅谷たね文・伊橋幸江天理教校本科研究課程講師二代真柱様は「可愛らしい茄子を見ると、おたねさんを思ひ出した。二十日鼠を見ると、梅谷さんを想像した」(船場大教会史料集成部編『梅谷文書』)と、子供のころの印象を綴られている新型コロナウイルスのパンデミックという困難のただなかにあるいま、その闇を照らす灯を、教祖の「ひながた」の道を歩まれた先人の姿にみつけることができます。奥さんは融通無碍今回は、梅谷たね(嘉永3・1850年~大正71918年)という先人を取りあげます。たねの信心は、夫である梅谷四郎兵衛(弘化4.1847年~大正8年)の入信とともに始まります。四郎兵衛は、相続をめぐるトラブルから、養嗣子として入った家と決別し、大阪・薩摩堀で左官業を営んでいました。その間に、長男と次男を幼くして亡くしていますが、実兄が失明するという事態に心を痛めていたおり、人づての話をとおしておぢばへ導かれます。明治14(1881)年2月のことです。おやしきにおいて、取次の先生から神様のお話を夜通し聴き、「大いなる神の世界における我のいかに小なるか」を悟って心の眼がひらかれたといわれています。その夜はおやしきで泊めてもらい、つぎの日も神様のお話を聴き、生まれかわった人間として大阪へ帰りました。たねは、四郎兵衛から、おやしきで聴いた神様のお話を聴き、「夫婦揃うて」信心する心を定めるのです。四郎兵衛は、わが身わが事はいわずに、神様第一に徹しきって通られた先人です。おやしきの先生の信頼はたいへん厚く、祖から直々に聴かれたお話を数多くこんにちに伝えています。「ようこそついてきた」という労いのお言葉とともに、本席様をとおして「息のさづけ」を戴かれた先人でもあります。いっぽう、たねについては、夫妻のそばでつとめていた方が、「奥さんは、いつも融通無碍でした」としるしています。「融通無碍」というのは、自由自在にものを見たり考えたりして、物事がうまくいくよう柔軟に対処するさまを表すことばです。ことばをかえると、心の器がたいへん大きかったということではないかとおもうのです。四郎兵衛のお話に、「神は水やで。人間の心は器やがな。器だいで神はどのようにもなるもの」とあります。人間は、神様のご守護がないというけれど、神様がご守護くださらないのではない。それを受ける人間の心の器しだい、心しだいで、神様はどのような守護も働きもされるというのです。明治20年6月には家業を廃し、それからは、この道ひとすじに通られます。後年、四郎兵衛は「梅谷家の財産はなにもない。ただ左官の道具と質屋の通帳があるだけや」と周囲に言いのこしたといわれていますが、それほど、たいへんな苦労の道中でした。今の難儀は末の楽しみたねは、教祖の、「おたねさん、これからは食べるものも着るものも、わが身につけず、人様の身につけなされや」というお言葉を伝えています。明治15年に、赤んぼうであった長女を抱いておやしきに帰り、教祖にお目通りしていますが、長女の頭には膿をもったクサ(皮膚炎)が一面にできていました。教祖は、みずからお抱きになり、「かわいそうに」と、すこしずつ紙をちぎって唾で湿して頭に貼り、明治20年5月16日付の、四郎兵衛からたねへ宛てた書簡。この日、四郎兵衛は「息のさづけ」を拝戴し、そのたとえようもない感激と喜びを早速、筆にしたためた。結びには、4人の子供の名前をすべて書き連ねたうえ、たねに、それぞれによく言い聞かせ、教祖に深く深くお礼を申し上げるように、と記している時報俳壇ふじもとよしこ選万歩計のに春風日本橋横浜市番家達也合格子へ別席を説く神の前大津市平井紀夫風光る浜街道の諸形明石市石田史枝飛花落花園児の列を解き放つ横浜市中尾砂江時満ちて霏霏たる桜やかた前天理市北をさむ借りものと気付く春光この命橿原市東出直しって再出発よ花の散るいなべ市筒井みつ江桜降る古池や寺の跡天理市中山富貴春愁のテープに残る夫の声和歌山市荒井佳世子はるかなる宇宙船より春便り東京都坂田鏡介参拝の深き一礼合格子飯田市本島美紀昇殿の参拝かなふぢばの春柳井市冨山栄子花影の景色みかぐら歌流る津山市工藤圭志平成の三四郎逝く花の中川崎市木倉井鷹子海鳴りの途絶え流氷接岸す札幌市田森つとむ谷筋の苗代田にも水入りぬ鳥取県野間田芳恵里山の暫し賑わふ蕨狩り観音寺市川上隆子早春の命あふれる琵琶湖吹田市楓芳雄春の夜の抽斗をでる一筆箋東京都吉田柳哲行く春のしんがり地域ひのきしん豊川市菊地美智代丘陵を虹かと見せてチューリップ天理市山田実グータッチして別れけり春しぐれ埼玉県金谷武花の下憂ひ迷ひも小さきさこと岡山市後藤由美子閉店のチラシ飛ばして春一番京都市西加代子大吉と出たるみくじや亀鳴けり東京都野口芳江春光や思いを馳せる大和路に貝塚市守行富士子選者詠文豪の部屋のロマンや外のさくら【評】番家さん-起点の日本橋から東海道を歩かれた作者は、0からの前進のみと精力的。余韻のある佳句です。平井さん―――おさづけの理を戴き、この道の真のようぼくとなるために運ぶ別席。新しい一歩を踏み出す旬に諭された作者です。格調ある句です。石田さん-波が寄せては返す、刻々と変わる浜辺の景色。季語の「風光る」がピッタリです。