天理時報2021年5月30日号6面
修養科の四季おぢばで感じた鮮鮮やかなお働き第946期吉瞳さん28歳・兵庫県加東市・元福田分教会所属小学生のころからアトピー性皮膚炎を患い、顔が赤く腫れるなど、かゆみや乾燥でつらい思いをしていました。そんな私を心配した母は、会日参を始め、毎夜、おさづけを取り次いでくれました。そのおかげで、大学生のころには肌を隠さずに外出できるまでに良くなったのです。親神様・教祖におすがりする母の姿を見て育った私は、おつとめやおさづけの大切さとともに、神様の存在を身近に感じるようになりました。昨年、結婚が決まったことを機に、これまでに育ててもらった教会の方々への恩返しの思いを込めて修養科を志願しました。おつとめの芯を初めて任され修養生活が始まり2週間が経ったころ、クラスメートの70代女性のAさんが緊急入院したとの知らせを受けました。修養科志願の前に胃がんの手術を受けていたとのこと。この話を聞いたとき、自身も身上をご守護いただいた経験から、「なんとかたすかってもらいたい」と、クラスでお願いづとめを勤めることを提案しました。すると、ほかにも身上を抱えている仲間がいたこともあり、皆そろってお願いすることに。そのとき思いがけず、担任・副担任の両先生から、お願いづとめの芯を頼まれたのです。お願いづとめは週に数回、午後の神殿掃除の後に行いました。おつとめの芯を務めるのは、これが初めて。緊張しながらも、Aさんたちの身上平癒を願い、一心に勤めさせていただきました。さらに、授業が終わると本部神殿で額ずき、日々ご守護を頂いていることに感謝しつつ、ラスメート全員が元気に修養生活を送れるようお願いしました。また、担任の先生の提案で、毎回『稿本天理教教祖伝』の授業の終わりに、身上を抱えるクラスメートにおさづけの取り次ぎをさせていただきましたが、その中で、自分の唱和の仕方や手の振り方が、母とそっくりだということに気がつきました。Aさんは入院から2週間後に退院。2ヵ月目の中ごろには、普通に歩けるまでに回復したことから、間もなく修養生活に復帰するとの知らせを受けました。その日のお願いづとめでは、親神様の鮮やかなご守護への感謝で涙が止まりませんでした。そのとき、私のたすかりを願って母が日参してくれたこと、毎晩おさづけを取り次いでくれたことを思い出しました。「きっと親神様が、母の姿を通じて、人のたすかりを願う真実の行いの大切さを教えてくださったんだ」深い親心に、ただただ感激しました。その後、復帰したAさんもお願いづとめに加わり、最後まで修養生活を送ることができたのです。「誰かのたすかりを真剣に願っておつとめを勤めれば、親神様は必ず、その心を受け取ってくださる」と、おつとめの力と鮮やかなお働きを実感した3ヵ月でした。修了後、人資格講習会を経て昨年9月に結婚。教会長後継者夫人として、教会の御用と家に励みながら、家族が順風満帆に過ごせていることに感謝する毎日です。もうすぐ生まれる子供の心にも、人のたすかりを願うことの大切さを映していきたい――――。母の姿と修養科での体験を振り返りながら、いま決意を新たにしています。心をそろえて鳴物の修練に励む幸せへの四重奏元渕舞ボロメーオ弦楽四重奏団ヴィオラ奏者ニューイングランド音楽院教授卒業シーズン2いまアメリカは卒業シズンだ。学校カラーのガウンを着て、仲間と写真を撮る姿を見るたびに心が弾む。昨年の卒業式はコロナのせいでほとんど中止になったが、今年はレッドソックスのスタジアムを借り切っての野外卒業式などもあり、ワクチンを接種した卒業生の家族らも集まっていた。私が教授として卒業式に出席するのは、今年で2回目だ。自身の大学院の卒業式のときは、すでにボロメーオ弦楽四重奏団員としての仕事が始まっていたこともあって出席できなかった。そのため、しばらく学生気分が抜けず、人生の区切りをつけるために卒業式は大事なんだと痛感したものだ。今年は週2回のPCR検査が義務づけられ、校舎内でも1時間ごとに部屋を入れ替えるなどしたために、校内感染者はゼロだった。ある教授は「音楽家は小さいときから先生に言われた通り練習してきた子ばかりだから、ルールをちゃんと守り、ここまで感染をなくせたのだ」と言っていた。以前から「会場で生の演奏を聴きたい」という音楽ファンの声を聞いていたが、演奏会へ行くチャンスが少しずつ戻ってきたいま、演奏家として、教育者としての目的をまた見いだしたように思う。今月初め、私の生徒が所属する室内楽グループのレコーディングがあった。場所はニューイングランド音楽院が世界に誇るジョーダンホール。私自身も何百回と演奏したこのホールで自分の生徒が演奏している姿を見ると、なんとも言えない誇らしい気持ちになった。聴衆は私だけ。音とは空気の振動だ。彼らの鳴らした音の波とホ-ルの音響板が折り合って響きをる。今年の練習の成果を残すため一生懸命に演奏する彼らの音を聴いて、これが〝神々しい音〟かと思った。そしてホールのパイプオルガンの上に座る天使たちが、なぜいつも微笑んでいるのかがよく分かった。いままで私は、自分の創る音に集中してきたが、2年経ったいま、教え子が奏でる音に、こんなにも心が動かされることに驚いた。そして、彼らの創る音から教育者としての自分の将来が、はっきり見えたような気がして嬉しかった。ジョーダンホールの微笑む天使(写真=AndrewHurlbut)