天理時報2021年5月23日号1面
逸話の季ITSUWANOTOKI新緑の美しさを前に沸き立つ緑が眩しい大和青垣。親里の東方に連なる、滴る緑の山々は、まさしく〝初夏の親里の風物詩〟。若葉の生命力とその美しさを前に息をのみ、親神様の十全の守護を実感する。新たな成人の歩みを胸に誓って――。(この写真をプレゼントします。詳細は5面広告欄で)未来を拓くいのちの源”5月になりました。新緑の季節です。冬の間に刈り込んでいた庭木のそこかしこから、若草色の新芽が吹きだしています。静かに佇んでいた木肌の下に、これほど多くの緑を生みだす生命力が育まれていたのです。春先の暖かい日に芽吹いたあとで霜が降り、枝先が真っ黒になっていた山椒の木も、再び緑の葉で覆われてきました。地中深く根を張った木は、旬になれば必ず芽を出します。5月の出来事を記した教祖の逸話に、「八一さぁお上がり」があります。のちの東大教会の初代会長・上原佐助が、伯父の佐吉夫婦、妹イシと共に、明治14年5月14日(陰暦4月17日)におぢばへ帰り、教祖にお目通りさせていただいたときのエピソードです。教祖は、一行を歓待して「さあ、お上がり」と酒食を勧めたあとで、佐助の両手首をお握りになり、「振りほどくように」と仰せられます。しかし、佐助は全身がしびれるような思いがして、ただただ平伏するのみでした。おぢばへ帰った人々を歓待する教祖の温かい親心にふれ、「月日のやしろ」の不思議な力を実感したことが、その後の熱心な求道生活や関東での布教活動を支える原動力になったのです。教祖との出会いが、人の運命を変えていくこのことは多かれ少なかれ、この道につながるすべての人に共通する経験ではないでしょうか。教会本部の教祖殿や各地の教会へ足を運び、教祖にご挨拶すると、心の内に燻っていたわだかまりが消え去って、いつの間にか気持ちがすっきりしていることがあります。きっとこんなときは、ご存命の教祖が手を差し伸べてくださっているのでしょう。その力強い手にすがり、温かい親心に応えようとするとき、明日の見通しが立たない困難な状況のもとでも、前向きに生きる力が湧いてきます。さあ、今日も教祖にご挨拶をして一日をはじめましょう。この”いのちの源”とのつながりさえ見失わなければ、冬枯れした木々が再び新緑に覆われるように、これからまた未来の可能性が拓けていくはずです。■文=岡田正彦天理大学宗教学科教授