天理時報2021年4月25日号5面
晩年の言葉に、「私の身も心も、教祖の思惑通りですのや、私がなんぼ考えても私の思い通りになりませんのや」「私心は少しもありません、仰せ通りに一日一日が楽しみで、勤めさせていただいていますのや」というものがあります。自分というものを中心にして、自分のためになることはするけれども、都合のよくないことはしない。これが一般の常識的な考え方です。しかし、この世は神様がお働きくださり、ご守護くださって成り立つ世界です。小さい人間の力では、それだけの働きしかできません。もちろん形のうえでは、自分が努力して働くのです。しかし、思いどおりにはならないといわれるのです。「私心」を捨てる、すなわち、欲の心を捨ててつとめるところに、神様がお働きくださり、願う以上のご守護をくださる。この真実を、さりげなく伝えられる言葉であるとおもうのです。教祖は世界一れつをたすけるために、貧のどん底に落ちきって、神様のご守護の世界に生きる「ひながた」をお示しくださいました。我が身、我が家のためにお通りくださったことは一つもなかったということです。「人を喜ばしたら、神様が喜んでくださるのやで、おやさんがそう仰った」と、りんは、自分が手にした物は、神様の物であるという思いから、我が物にするのではなく人に与えて、それを喜んで通られました。その態度は、ご用聞きにやってくる魚屋に対しても同じで、毎度かならず魚を求めては喜ばせたということです。お出直しの後には、何一つとして形見分けをするような物はなく、ただ日ごろ愛でておられたお人形だけがのこされていたといわれています。教祖のお心を我が心として、神様が喜んでくださる心のつとめ一筋に通りきられた生涯でした。晩年のある日の夕暮れ時、りんは本部詰所の廊下に座ったまま、沈みゆく夕日をずっと見つめていた。辺りが暗くなると、やおら立ち上がって「今までおやさん(教祖のこと)がお寝みになるのをじっとお見送り申していましたんや。あんさんら、淋しいと思いなさらんかナ、私は淋しうてナ、毎日こうしてお見送りしますのやで」と、目をショボショボさせながら語ったという反故紙を一枚一枚つなぎ合わせて巻物にし、その裏にお話の原稿をしたためた。逸話篇にある「教祖は、一枚の紙も、反故やからとて粗末になさらず」(45「心の皺を」)との一節が想起される(大縣大教会所蔵)日ごろ愛でられた人形。遺品がわずかだったのは、その情け深さゆえ、常々、人々にお与えになっていたためではないかといわれる(大縣大教会所蔵)「九十五才、里ん」と記した「誠」の一字書。「教の理」を聞き分けて通ったその生涯は文字通り、誠真実に徹したものだった。全盲をおたすけいただいたりんが、9歳にして、この力強い字を記していることに目を見張る(大縣大教会所蔵)「信心への扉」増井りん(上)が、QRコードからご覧になれます。