天理時報2021年4月25日号6面
ありがとうポスト〝喜び上手〟な姿を見習って昨年出直した父へ古川ゆかり(54歳・錦分教会教人・神戸市)尊敬する父が出直して、1年が経ちました。まだまだ実感はありませんが、お礼の気持ちを伝えたくて、筆を執りました。4人きょうだいの中で、女の子は私だけ。幼少のころから、お父さん、お母さんに蝶よ花よと可愛がられ、何不自由なく育ててもらった記憶があります。月日が流れるなか、大工として自営業をしていたお父さんが借金を抱えてしまい、経済的に不安定だった時期もありました。でも、お道を信仰していたおかげか、どんなときも喜んでいて、悲観的な様子を見たことがありません。私が27歳のときにお母さんが出直し、家庭の事情も重なって、精神的に落ち込む日々が続きました。そんなとき、あなたはそばにいて、花束や洋服をプレゼントしてくれましたね。その優しさに励まされ、少しずつ前を向くことができました。あなたは7年前に大腸がんを患い、入退院を繰り返しました。そんななか4年前、神様に導かれるように修養科を志願。修養科の先生からも「たんのうされていますね」と、声をかけてもらったと聞きました。いつも前向きで喜び上芋、だった姿を、私も見習っていきます。ずっと見守っていてくださいね。感謝の手紙募集中!〒632-8686天理郵便局私書箱30号FAX0743-62-0290Eメール[email protected]いずれも、天理時報「ありがとうポスト」係読者のひろば時報で知った先人の姿に増尾成江(69歳・大阪市)40年前のある日、「突発性難聴」を発症。片耳の聴力を失い、もう片方もほとんど聞こえなくなるという大きな節に直面しました。当3歳の長男を育てるなか、目の前が真っ暗になったような不安な気持ちに襲われました。そんなとき義父母から、修養科を志願するよう勧められました。先行きが見えない状況でしたが、教えを真剣に学ばせていただきたいと考え、二つ返事で志願しました。親里での生活が始まって10日目のこと。詰所の館内放送が流れたとき、それまで聞こえなかった音声が、はっきりと聞こえていることに気づいたのです。鮮やかなご守護を目の当たりにし、神様の存在を深く感じました。あれから4年が経った今月。刷新されたばかりの『天理時報』4月4日号を読んでいると、新企画「信心への扉おやさまに導かれた女性」に目が留まりました。そこで紹介されていた増井りん先生は、夫を亡くし、突然両目が見えなくなる大節に見舞われたにもかかわらず、教祖のお言葉を素直に受けて、たすけ一条に歩まれたということです。その先人の姿に感銘を受けるとともに、突発性難聴を発症した当時の自分と重なり、ありがたい思いが込み上げてきました。もうすぐ70歳を迎えますが、いまも夫婦で自営業を営んでいます。健康な体をお貸しいただいていることに感謝し、少しでも人さまに喜んでもらえるよう努めていきたいと思います。表彰45年間で献血300回群馬の辻慶久さん前橋市の辻慶久さん(66歳清郷分教会長)は先ごろ、県赤十字血液センターから感謝状を贈られた。日本赤十字社は、献血に協力している個人・団体の功労に対して表彰制度を設けている。今回の感謝状は、献血回数300回を達成した人に贈られるもの。辻さんは18歳のとき修養科を志願。修養中に初めて献血したのをきっかけに、45年間献血を続け、今年2月までに30回目を達成した。辻さんは「コロナ禍で献血の協力者が減少する中も、感染への恐怖などを感じることなく、これまで通り献血することができている。これも親神様のご守護と感謝している。今後も自分にできるひのきしん”として、献血の年齢上限まで続けたい」と話した。幸せへの四重奏カルテット元渕舞ボロメオ弦楽四重奏団ヴィオラ奏者ニューイングランド音楽院教授頭の中の音「最近、聴いている曲は何ですか?」と、よく聞かれる。曖昧に答えることもあるが、本当の答えは「何も聴かないようにしている」だ。なぜなら、頭の中で常に音楽が鳴っているからだ。子供のころ、私はポカーンとして何も考えていないように思われた。そのたびに母は「舞は集中して考えてるの」と、かばってくれた。学生のころは、いろいろな曲を聴き、心が洗われるような感覚を味わった。でもいまは、頭の中で鳴る音楽との会話に集中し、その間はどんな音も耳に入らない。夫の呼びかけに気づかず、苦笑されることもあるが、そんな私を理解してくれることに感謝している。子供が幼いころは泣き声が全く苦にならなかった。泣き声から違う旋律が頭に思い浮かび、歌っているようにさえ聞こえた。音楽院では音楽解釈も教える。最初は曲や作曲家の詳細を調べていたが、近年は全く下調べをしないことにしている。そうすると、目の前にいる生徒がつくる音と、作曲家が書いた譜面が手にとるように感じられ、生徒と同じ譜面を見て、どうしてその解釈になったのかを話し合うことができる。そして、彼らがいま何を必要としているのかが感じ取れる。よく生徒に言う言葉がある。「頭に描く音を聴きなさい」分の理想の音、弾きたい音に向かっていく。そして実際に鳴る音とどこが違うのかを考えて、違いがなくなるまで練習する。自分が理想とする音と自分が出す音が重なったとき、体が空を飛ぶような感覚になる。そのときには、弓はこうだとか、指がどうだったなんて考えてはいない。身体の隅々までその音と一体となる。そして楽器も体の一部となる。その感覚を、また味わいたくて練習に励む。小学生のとき、ヴィオラ奏者の今井信子先生が天理に来られた。私は公開レッスンのために初めてヴィオラを弾いた。レッスンの後、今井先生が「いつかあなたは素敵なヴィオラ奏者になるわね」と言われた。その夜、先生の演奏会で生まれて初めて本物のヴィオラの音を聴いた。その記憶にある音に近づくため、今日も私は弓を持つ。カルテットの仲間と〝理想の音”を求める写真=RichardBowditch