天理教教祖・中山みき様は、寛政10年(1798年)4月18日、大和国山辺郡三味田(現・天理市三昧田町)にお生まれになりました。そのときの様子は、次のように記されています。「御誕生の四月十八日は、もとより当時慣用の陰暦によるものであって、これを太陽暦に当てはめると、六月二日に当たるから、丁度、若葉の萌え出る初夏の候である。しかも御誕生の時刻は夜のほのぼのと明けはなれる頃と伝えられているから、まことにすがすがしい初夏の朝明けに朗らかな初声を挙げられたのである。その御誕生の地、三味田というのは、(天理教教会本部のある)おぢばの南方約二十余町のところにある四十戸内外の村落で、未だ時代の風波も直接には伝わらない、きわめて平穏な変化の少ない村里である。又その生家なる前川家は百姓家とはいえ、地方の顔役であったらしく、領主である藤堂家より無足人として苗字帯刀を許されていた。・日頃徳望の高い家柄であっただけに、この喜びはたちまち近隣にも伝わり、村中挙って寿ぎ祝ったに相違ない」(中山慶一著『私の教祖』〈道友社刊〉)田植えを終えた三味田界隈。東の山並みから朝日が昇る(中央右寄りが、教祖ご生家のある天理教三昧田分教会)