天理時報2021年3月14日号2面
視点〝伏線〟を意識し目標へ向かう私たちは何か目標を定めて、それをクリアすることを目指す。その際、目標に到達するまでに現れるさまざまな課題を、「ハードル」のようにイメージすることが少なくない。目標達成のために、途中にあるハードルを一つひとつ乗り越えようと努力を重ねる。しかし、乗り越えられないハードルもある。そのとき落ち込んだり、諦めたりする。また、高いと感じたハードルを前に、尻込みすることもあるだろう。物事に取り組む際にどんなイメージを描くかは、非常に重要だと思う。ただし、そのイメージをハードルのように捉えると、前述のように、挑戦する前に断念してしまうことがあるのではないか。一方、物事に取り組む過程における困難を「壁」のように感じ、壊そうとすることもある。プレイクスルーなどといわれるように、目の前の壁を壊して目標達成を目指すのだが、壁を壊せず失敗に終わるケースもある。一度壊せなかった壁は、二度と壊せないように感じ、挫折してしまう人も少なくない。さまざまな問題や困難が立ちはだかる現代社会の中で、私たちお道の者は、親神様のお手引きを頂いて道を歩んでいく。そう考えると、目標へ向かう道筋に現れるさまざまな課題や困難は、〝伏せられた線”と言えないだろうか。辞書によると、伏線とは、「小説や戯曲などで、のちの展開に必要となる事柄をそっと提示しておくこと、またはその事柄」という意味で、それが一般的に使用されるようになり、「のちに起こる事柄の準備としてまえもって設けておくこと、またはその事柄」という意味になる。お道では「心一つが我がのもの」と教えられるように、人間は自らの心を使ってさまざまな種を蒔く。過去にさまざまな種を蒔き、いまの自分があり、いま自分が蒔いた種が未来に生えてくる。であるならば、物事に取り組む中で現れた「ハードル」や「壁」は、自ら蒔いてきた種が芽を吹いた姿であり、それは越えたり壊したりするものではないかもしれない。過去を振り返って、自らの心づかいを反省するとともに、そこから目標達成に向けて、未来へどんな種を蒔き、新たな伏線を張るのかが大切になるのではないだろうか実は、私たちには陽気ぐらへ向かうための心づかいを元とする〝伏線がある。それは、人間を創造された親神様から伸びる線であり、元のぢばから伸びる線であろう。「世界一れつを救けるために天降った」との啓示によって、初めて人間に教えられた道の中で、時には困難に見える課題を与えられながらも、目標に向かって歩む。そして未来へ向かう伏線を、自分の心づかいによって張り巡らせていく。それは、元を知る私たちようぼくの仕事であろう。もとより、ハードルを越えようとしたり、壁を壊したりする気概も、時には必要だろう。いま、世界中の人たちが新型コロナウイルス感染という困難に直面する中で、踏ん張る力、この節を乗り越えようとする力は必要だ。そしてこの先に、陽気ぐらしへ近づくための伏線が張れるような、ようぼくらしい心づかいが求められると思う。そのために、親神様から伸びる線の元をたずね、思召に沿った〝陽気づくめの生き方”を日々意識したい。信仰の喜び胸に社会へ大学卒業生の集いJoyousStyle学生担当委員会(茶谷良佐委員長)は、大学4年生などを対象とする行事「大学卒業生の集いStyle」を1日から1日にかけて全3回実施、計74人が参加した。帰参した学生たちは「陽気ぐらしへ向かって私とおたすけ」をテーマに、3日間のプログラムを通じて仲間と語り合い、信仰の喜びを味わった。学生担当委員会これは、昨年3月の「学生生徒修養会・大学の部」が中止を余儀なくされたことを受け、「学生生活最後の大切な時期に、おぢばで教祖の温もりを少しでも感じてもらいたい」との思いで企画されたもの。3月1日から3日間実施された第1回には、全国各地から帰参した学生3人が参加した。期間中、宿舎は一人一部屋とし、手洗い・消毒はもちろん、食事や入浴の際も時間や間隔を空けるなどの感染防止対策を徹底した。初日の開講式では、茶谷委員長があいさつに立った。茶谷委員長、は自身が若いころ抱いていた夢についてふれたうえで、「これからの人生には、楽しいときもあれば悩むときもある。それぞれが目指す夢と信仰は別々のものではなく、教えがそのまま自分の人生に生かせるということを学んで帰ってもらいたい」と話した。教えの実践誓う期間中、学生たちは本部の朝夕のおつとめに参拝。日中は班ごとに分かれてグループタイムなどを行い、自らの信仰について語り合った。2日目のグループタイムでは、「あなたが思う陽気ぐらしとは」とのテーマに沿って、それぞれ意見を述べ合った。その後、班ごとに意見をまとめた1枚の模造紙を示しながら、全体の場で発表した。また「Joyousアワー」では、十分な感染防止対策を講じたうえで、ゲームなどを通じて交流した。このほか、期間中に3回行われた「おはなし」の時間では、3人の講師が、それぞれ「陽気ぐらし――信仰の喜び」「おやさま」「陽気ぐらし――おたすけの実践」と題して講話。その後、班ごとに振り返りの時間を持った。迎えた最終日。学生たちは、3日間のプログラムで学んだことを今後の人生にどう生かすかについて話し合った。そのうえで、これから踏み出す新たな環境の中で、自分にできる陽気ぐらしを実践していくと誓った。学生の一人は、「同世代の仲間と共に教えにふれる機会がしばらくなかったこともあり、皆の話を聞いたり自分の思いを話したりする中で新しい発見があり、心がすっきりした。社会人になっても、常に教えを胸に頑張っていきたい」と語った。仲間と共に教えを学んだ学生たちは、それぞれ新たな環境で陽気ぐらしを実践することを誓った(2日、第38母屋で)春の親里に、2年ぶりに道の学生たちが帰り集った(1日、神苑で天理ゆかりの出土品一堂に共同展「天理山の辺の古墳」天理参考館天理参考館(春野享館長)は2月6日から3月15日にかけて、奈良県立橿原考古学研究所附属博物館(橿考博)などとの共同展「天理山の辺の古墳」を開催。市内に点在する古墳の出土品400点を展示した。展示品のうち1点が橿考博から出展されるなか、同館所蔵品の腕輪形石製品「石釧」の破片と、橿考博所蔵の同品破片が、初めて接合した状態で展示された。今回の共同展では、奈良県立橿原考古学研究所(橿考研)および橿考博、天理市教育委員会が所蔵する、天理市の「山の辺の道」沿いに点在する各古墳の出土品が展示された。奈良県内での発掘調査は、主に県または市の教育委員会によって行われ、天理市内の出土品の多くは、橿考研および橿考博や市教育委員会が、それぞれ所蔵している。こうしたなか、現在リニューアル工事のため閉館中の橿考博が、県内各地の施設で〝里帰り展〟を次々と企画し、参考館での共同展も実現した。3機関による共催は今回初めてとあって、NHKや大手新聞各社が詳しく報じた。破片を接合して展示今展では、黒塚古墳(柳本町)の『三角縁神獣鏡』(重要文化財)など橿考博所蔵の1点も出展された。なかでも目玉の一つとなったのが、櫛山古墳(柳本町)から出土した腕輪形石製品「石釧」石釧は、南海産の巻き貝「イモガイ」を輪切にした貝製腕輪を模したとされる。参考館は同古墳の出土品を数点所蔵しており、橿考博も約3点所有している。28年前、参考館所蔵の「石釧」の破片と橿考博所蔵の破片が接合することが判明。以後、別の遺跡の出土品についても、両機関所蔵の破片の接合が一部で認められた。今回の共同展では、両機関所蔵の石釧がそろって展示されたほか、島の山古墳(川西町)の出土品である「車輪石」の破片も、接合した状態で展示された。参考館の藤原郁代・学芸員は「共同展の実現は、両機関をはじめ関係者の協力があってこそ。いずれも、私たちの先祖が作り上げた貴重な品ばかり。地元・天理の皆さんをはじめ、多くの方々に見ていただけて、うれしい」と話した。共同展では、参考館と橿考博所蔵の腕輪形石製品「石釧」が、そろって展示された(参考館所蔵品は左、橿考博所蔵品は右)道友社合併号のお知らせ3月24日号と28日号を合併し、3月26日号とし発行いたします。3月24日号はお休みとなりますので、ご了承く告示第一四八〇号集会規程第三条により立教百八十四年三月二十七日第二百五十五回定時集会を招集する会期は三日間とする立教百八十四年三月一日天理教表統領中田善亮和楽昨年来たびたび耳にする「新しい生活」という言葉。聞くたびに筆者は不思議に思う。そもそも新しくない生活などあったのか。すべてが目まぐるしく変化する現代。その変化に気づかない人がいたとしても、常に毎日は新しかったはずだ。この言葉が意味を持つのは、その生活が自ら変化したのではなく、変化を余儀なくされたからではないか◆昨日と同じ今日はない。昨日と同じ自分はいない。すべては流転し変化している。新年度から本紙もタブロイド判に変わる。これも時代の変化。一番の特徴はネットとのリンク。もはやネットと共存できない情報伝達媒体はあり得ない。「ピー、ヒョロヒョロ」というFAXのような音を鳴らしてインターネットに回線をつないでいたころ、誰がいまのような世界を想像し得たであろうか。ゆえに、いまの変化が将来どういう姿をもたらすかという予想は、空恐ろしくて、とてもロにはできないたとえば家に引きこもる子供がいたとする。唯一、自分と外の世界をつなぐネットを窓口に、一日中、見知らぬ人とテレビゲームに興じる。困った問題には違いないが、これだけ多くの人が引きこもり、リモートで仕事をせざるを得ない時代にあって、彼らはずっと前から同じ仕組みの中にいたわけだ。世界大会でプロのゲーマが活躍する世の中である。ネットから得られる若者の流行や生活事情などの情報は、いまや飯のタネになる時代だ。いまの困り事が、先では役に立つ日が来るかもしれない。先のことは誰にも分からない。そこにあるのは、親神の親心のみなのだ変化は「へんげ」とも読む。私事で恐縮だが、今号をもって和楽の執筆は最後になる。5年以上お付き合いくださった読者の皆様に篤くお礼を申し上げつつ、これからの自分がどう変化するのかを楽しみに、静かに筆をおくことにする。(茶木谷)第103回婦人会総会4月19日(月)午前1場所:本部中庭0時30分※記念行事はありません。※第103回総会は、支部の代表に参加していただきます。それ以外の方は入場できません。今年の総会は、新型コロナウイルスの感染拡大を防止するため、大勢が集うことができません。こうした中だからこそ、おぢばの理を戴く教会にしっかりつながり、親神様、教祖にお喜びいただけるよう、ご恩報じの道を、明るく勇んで歩ませていただきましょう。