天理時報2021年3月14日号3面
天理スポーツ選抜大会チャレンジ精神で天理高ラグビー部天理高校ラグビー部は、先ごろ滋賀県野洲市の希望が丘文化公園陸上競技場で行われた「近畿高校ラグビ大会」に出場。ベスト4入りを果たし、今月末に開催される「全国高校選抜ラグビー大会」への出場権を手にした。昨年の全国大会県予選では、14-1と1トライ差でライバルの御所実業高校に敗れ、花園出場を逃した。新チームは、すべてのことに自分たちから挑戦し、チームとして前へ進もうと「全進」をスローガンに掲げて始動した。昨年もレギュラー入りしていたメンバー陣は、全国の舞台には立てなかったものの、先輩たちとハードワークを続けてきた。特に力を入れたのはディフェンス面で、新チームの生命線と位置づけている。試合では、フィジカルとスピードを武器に、ボールを前へと進める水流桜花キャプテン(2年・ロック)と、状況判断に優れる立川和樹選手(同)谷田親春選手(同)の両センターが勝負の鍵を握る。年明け、福岡で行われた「サニックスワールドユース交流大会」で試合経験を積み、近畿大会県予選では御所実業高に33-7と雪辱を果たした。続く近畿大会の準決勝では、全国大会常連校の常翔学園高校と対戦。懸命のデディフェンスで食らいつくも、フィジカルの強さを生かした相手チームの攻撃を防ぎきれず、20-3で敗れた。現在はウエートトレーニングを重ね、相手のアタックに当たり負けしない体づくりに励んでいる(写真)。水流キャプテンは「久しぶりの全国大会挑戦となる。良い結果を残せるようチャレンジャー精神で、一人ひとりの運動量でカバーし合いながら戦っていきたい」と話した。全国高校選抜ラグビー大会は、3月25日から埼玉県熊谷市の熊谷スポーツ文化公園熊谷ラグビー場で開催される。天理高の初戦は25日、古豪・秋田工業高校と対戦する。6代会長就任奉告祭熊本大熊本大教会(堤豊二郎会長・熊本市北区植木町亀甲2170番地)は2月24日、6代会長就任奉告祭執り行った。この日に向けて、大勢の教友が障子の張り替えや庭木の剪定などのひのきしんに励んできた。当日のおつとめは、新型コロナウイルス感染拡大防止のうえから、奉仕者のみで勤めた。また、次世代の雅楽スタッフの育成を進め、青年会員11人が新たに楽員に加わった。式典では、同教会世話人の鹿尾辰文・本部員が真柱様のお言葉を代読。その中で、教会の設立を願い出た先人たちの元一日の心を、しっかりとつないでいく大切さにふれたうえで、「教会長が交代した節に、伸びるか折れるかは、その時の人たちの心次第。新しい教会長には、人々から信頼され慕われる教会長になるように研鑽を積んでもらいたい」と求めた。一方、参拝者には「教会長が変わっても理は変わらない。これまでと同様に、新しい教会長を先頭に立てて、教会活動が活発に繰り広げられるように努めていただきたい」と話した。おつとめ終了後、堤会長は信者に向けてお礼の言葉を述べ、「本日、承りましたお言葉を胸に、教祖10年祭、立教20年に向かって、共におたすけの道を歩むことを誓い合う機会とさせていただきたい」と決意を語った。この後、「熊本の道の歩み」と題するスライドショーを上映した。(熊本大・佐々木社友)地域に尽くして30年瑞宝単光章岡山の上平智一さん上平智一さん(7歳・天平分教会長・岡山市)は先ごろ、民生・児童委員として地域の社会福祉に長年貢献してきた功績が認められ、「瑞宝単光章」を受章した。平成元年に委嘱を受けて以来、「地域のための御用」と捉えて福祉活動に尽力してきた。25年からは、市の民生・児童委員協議会副会長を務めている。また、2年に「おかえり「子ども食堂」、30年に高齢者対象の「カフェふらっと」を開くなど、地域の人々に〝憩いの場〟を提供している。上平さんは「損得を考え、ず一見すると無駄に思えるようなことでも、率先して人のために尽くした母の姿と、土地所の手本雛型になるという教えを胸に、ひのきしんの精神で活動してきた。これからも地域の福祉を担う者として、人々に寄り添っていきたい」と語った。(岡山・香取代表社友情報提供)保津川の流れに漕ぎ出し最終回豊田知八保津川遊船企業組合代表理事親神様に導かれた我が人生1月26日、この季節には珍しく穏やかな天気のなか、本部の東礼拝場前で春季大祭に参拝しました。おつとめの調べを心静かに聞きながら、27年前のおぢばでの日々を思い出していました。わが家の信仰は、曾祖父母がお道に引き寄せていただいたことに始まり、私で4代目となります。物心ついたころから、当たり前のように「信仰」が近くにありました。しかし、成人するにつれてご守護への感謝が薄れ、おぢばや自教会からも足が遠のいていきました。そんななか、突然襲った肺の身上。休職を余儀なくされ、私の生活基盤は脆くも崩れだします。「当たり前」と思っていたことが、「当たり前」じゃない事態に陥ったのです。社会からドロップアウトすることへの恐怖、積み上げたキャリアを失う未練は、私の精神を飲みました。そんな私の姿を見かねた父が、ある日、親神様のご守護のありがたさを諭してくれたのです。幼いころから何度も聞いたお道の話でしたが、絶望の最中に聞くお話は、漆黒の闇に一筋の光が差し込むように、心に沁みわたりました。それまで心を支配していた恐怖や未練が薄れ、その後、修養科志願を決意したのです。30歳を前に無職となり、何もかも失った自分。百八十度異なる生活に戸惑いながらも、身上は回復へと向かい、心はとても穏やかでした。修了後は、夏に「おやさとふしん青年会ひのきしん隊」への入隊、また「教会長資格検定講習会前期・後期」(当時)の受講など、約1年間おぢばでお世話になりました。その道中に生涯の伴侶とも出会い、私の人生は新たな方向へと舵を切っていきます。そして、地元・京都へ戻っ私の視線の先には、雄大な自然を有する保津川が映っていました。あれから2年の歳月が流れ、〝川とともに生きる道すがらは、この連載で紹介した通りです。そして昨年、新型コロナウイルスの感染拡大が起こりました。再び生活基盤を揺るがす事態が迫るなか、自らの信仰を振り返り、見つめ直す機会を頂きました。「この人生は親神様に導いていただいている」――その確信のもと、「この身に起こるすべての出来事には、親神様の深い思召があるはず」と、信仰者としての覚悟を7年前に教わりました。もはや、逆境に右往左往する過去の自分ではありません。今回の困難を通じて、親神様の思召を思案しました。その中で、「をやが自分を成長させる最高の機会を与えてくださっている。望まれる先には、また何らかの使命があるのでは」との思いを強く抱きました。今はまだ私の視界に入ってきてはいませんが、「その使命に気づき行動する者は、必ず大いなるや”に導いて「いただける」と信じています。そう覚悟を決め、自分と向き合いながら、これからも歩んでいきます。長きにわたり、私のエッセにお付き合いくださったことに、心から感謝を申し上げます。ありがとうございました。(終)訃報前川喜三本部員3月2日午後1時33分出直された。30歳。中山大亮様斎主のもと、みたまうつしは4日午後6時30分から、告別式は5日午前11時から、それぞれ天理市布留町の第1母屋で執り行われた。【前川氏略歴】昭和5年7月5日生まれ。天理大学卒業23年2月27日おさづけの理拝戴。2年本部青年。4年少年会本部委員。45年おやさとやかた管理掛主任。4年少年会本部副委員長。4年本部准員、教祖90年祭準備委員。50年別席取次人。5年国内布教伝道部福祉課長。5年表統領室総務課長、天理教公衆衛生委員会委員。55年表統領室世話課長、教庁託児所長、第ひのきしん寮長。56年教祖100年祭準備委員。5年天理養徳院理事。5年災害対策委員会委員。6年検定会委員。平成4年埼玉教区長。6年本部員。7年本部|会計監査委員。13年祭事室神殿掛主任。1年韓国伝道庁長。2年御用方室おたすけ掛主任。25年教祖10年祭準備委員などを務めた。この間、秩父、伊那、立野堀の各大教会の世話人、新潟、埼玉の各教区の修理人を務めた。松下勘助さん(88歳・南海大・鶴之郷分教会長)・月5日出直された。西部支部長、民生・児童委員を務めた。鹿児島教区。坂本初代さん(1歳・南海大・湯一分教会初代会長)2月9日出直された。|堺南支部婦人会主任を務めた。大阪教区。田中ソノさん(9歳・大原大・道髙分教会前会長夫2月17日出直された。滋賀教区。白須一成さん(しらす・かずしげ=9歳・甲府大・都留分教会長)2月17日出直された。大教会准役員、教区道の教職員の集い委員、旧北都留支部長、地方委員、道友社支部社友を務めた。山梨教区。髙橋正宏さん(88歳・中和大・浪北分教会前会長)2月17日出直された。本部詰員、大教会役員、少年会中和団団長、大教会ひのきしん部長、雅友会楽長、旧中央区支部長を務めた。大阪教区。東健一郎さん(あずま・けんいちろう=883歳・那美岐大・新幌分教会長)2月17日出直された。十勝支部5組組長を務めた。北海道教区。平石子さん(ひらいし・しゅんこ=8歳・大江大兵庫大庫分教会長)2月7日出直された。兵庫教区。川井浩美さん(かわいひろみ=2歳・高松大・苗羽分教会長)2月17日出直された。小豆支部会計部長を務めた。香川教区。玉村光彦さん(88歳・嶽東大・館光教会初代会長)2月1日出直された。海外部中国語翻訳委員、財団法人天理教台湾総会董事を務めた。台湾伝道庁。小野和夫さん(8歳・雨龍大・篠路分教会長)2月1日出直された。大教会役員を務めた。北海道教区。小林信夫さん(80歳・日本橋大・宇都宮分教会前会長)2月20日出直された。本部詰員、大教会役員、集会員を務めた。栃木教区橋本正さん(7歳・朝倉大・朝乃輪分教会長)2月20日出直された。大教会役員、旧朝倉支部長を務めた。福岡教区。岩佐道子さん(2歳・撫養大・神分教会4代会長)2月2日出直された。徳島教区。久常寛治さん(ひさつね・かんじ=8歳・岡山大・勝田分教会長)2月2日出直された。岡山教区。寺尾虎男さん(30歳・伊野大賀米岡分教会長)2月2日出直された。愛媛教。区栗原千恵子さん(2歳・牛込大・北多摩分教会長)2月22日出直された。東京教区。梶間敏子さん(2歳・敷島大・紀上分教会前会長)2月23日出直された。和歌山教区。岸田作さん(きしだ・つくる=88歳・山陰大・髙野郷分教会前会長)2月23日出直された。本部詰員、大教会役員、同布教部長、同会計部長、教区主事、会員、舞鶴支部長、民生・児童委員を務めた。京都教区。矢野良一さん(やの・りょういち=33歳・夕張大・北夕分教会長)2月23日出直された。北海道教区。吉福きよ子さん(88歳・東神田大・西鎮分教会前会長夫人)2月24日出直された。本部女子青年、婦人会東神田支部副支部長、西榮分教会長(2代)、教区婦人会主任を務めた。福岡教区。松井さん(まつい・みさお=33歳・明城大・明一分教会前会長)2月25日出直された。婦人会明城支部常任委員、天理教里親連盟副委員長(初代)、中央西支部婦人会主任大阪市里親会理事などを務めた。大阪教区。陽気ぐらしのヒント人生相談結婚報告したら同僚が冷たい仲良くしていた同僚に結婚を報告して以来、態度が冷たくなりました。数週間経っても応答がないので、ほかの同僚に相談すると「あなたと同じ年で、長い間、彼氏がいないから嫉妬しているんじゃない」と言われました。私自身、昔から嫉妬されやすいタイプですが、彼女なら祝福してくれると思っていたので、とてもショックです。関係を改善するには、どうすればいいでしょうか。(28歳女性)ご結婚が決まって、誠におめでとうございます。人生で一番幸せな時期ですね。いつも仲良くしている同僚には、一緒に喜んでもらいたいと思って報告されたことでしょう。ところが、予想外の冷たい態度が返ってきて驚いたのですね。こんな状態が長く続けば、職場の空気にも関わることでしょう。少しでも早く改善するために、一緒に考えてみましょう。さて彼女は、どんな気持ちであなたの結婚報告を聞いたのでしょう。仲の良い間柄なら、あなたに2年間お付き合いしている相手がいることも知っていたでしょう。こんな日が来ることを、少しは想像していたかもしれません。自分にはない環境を「羨ましいな」と思うのは、誰にでもある感情です。ただ、その原因が、別の同僚が言うように「彼氏がいないから嫉妬している」のかどうかは、本人に聞いてみなければ分かりません。推測で悩んでも仕方がないですよ。それより私は、お手紙の中で、ご自身を「嫉妬されやすいタイプ」と評している点が気になりました。教えの中の「八つのほこり」は、ご存じだと思います。知らぬ間に積んでしまう心のほこりを、親神様の教えをほうきとして、きれいに払うようにと諭されています。そのうえで、自分の態度を見て、人がほこりを積んでしまわないように心を尽くすことを、誠真実だと教えられるのです。今のままでは、お互いつらいものです。勇気を出して、あなたから話しかけてみましょう。あなたの誠真実の心があれば、「もう一度仲良くなりたい」という気持ちは必ず伝わりますよ。相手も案外気まずい関係を修復しようと思いながら、タイミングを逃してしまっているのかもしれません。結婚前に思わぬ事態となりましたが、これは神様からのプレゼントかもしれません。人はみな同じ考え方ではないですね。お互いに相手を尊重できる生き方ができたらいいなと思います。それは夫婦の間柄にも言えることです。どうか素敵な家庭を築いてくださいね。回答者吉福多恵子濃飛分教会前会長夫人身上・事情などに関する悩みをお寄せください。個人情報は厳守いたします。●宛先=〒632‐8686 天理郵便局私書箱30号天理時報「人生相談」係●ファクス=0743‐62‐0290 ●Eメール[email protected]座右のおふでさきなさけないとのよにしやたとても人をたすける心ないので(十二号90)宇惠淳嗣濱分教会長母の心の身上から人をたすける心定めて教会長の長男として生まれ育ったが、教会生活を喜べず、東京の大学を出ると、そのまま就職した。5年後、転職を機に父の勧めで修養科を志願。修養生活では、教養掛の先生や教友のおかげもあって、教えの素晴らしさ、お道を通る尊さを、わずかながら理解することができた。これまでの自身の通り方を反省し、転職をやめ、この道を歩むことを決めた。掲出のお歌は、修養科を修了した年の秋に発布された「諭達第一号」の中でふれられていたものだ。まともに「おふでさき」も読まずに育ってきた私だったが、心の内を見透かされているように感じ、ハッとしたことを覚えている。100年後、父から会長を引き継いだころ、母が心の身上を患った。また、教会活動がうまくいかずに不足するなど、伏せ込みの足りない自分に焦る日々が続いた。そんな苦しい期間ではあったが、やがて妹や弟が母の様子を見に来てくれたり、ある信者さんが自身の悩みを相談してくれたりするようになった。いろいろ思案する中で、母の身上がたすけの台となり、家族や教会につながる皆さんが、心を寄せてくださるようになってきたことに気づかされた。思えばこのころ、形ばかりにとらわれて、肝心な「人をたすける「心」を忘れていた。そのことを母と神様にお詫びして、しっかりと心を入れ替える旨を申し上げたところ、母は途端に以前の優しい母に戻った。あれから1年。コロナ禍での世相や、教会活動もままならない姿に、あらためて神様から「情けない」と言われているように思う。しっかりと心を引き締め、おたすけ心をもって、一人でも多くの人に神様の思召を伝えていきたい。