天理時報2021年3月14日号4面
天理時報創刊90年記念エッセー入選作品テーマ私の「陽気ぐらし」髙橋真司38歳・志村分教会長・東京都板橋区喜ぶ理は天の理に適う平成30年、妻が「子宮肉腫」の手術を受けた。1年間で10万人に1人という希少がんだった。妻の通う大学病院でも過去に症例がなく、開腹するまで「子宮筋腫」との区別がつかなかった。手術前日には、腫瘍の重さは1㌔という説明だったが、実際には4・5㌔」と巨大だった。病理検査の結果は悪性の肉腫で、「平滑筋肉腫ⅠB期」とのこと。医者に尋ねても分からないことが多く、ネットで検索してみると、猛スピードで進行すること、5年後の生存確率が低いこと、治療法が確立していないこと、抗がん剤の奏効率が低いことなどが分かった。幸いにも摘出手術は成功し、転移もない。医者からは再発予防として化学療法を勧められたが、「賭け」という言葉での説明。医者が賭けで治療する、いわば「医者の手「余り」と言える病気だった。妻は化学療法を断った。その半年後、再発が見つかった。医者はもちろん、私も子供たちも治療を受けるように説得した。妻は渋ったが、年明けに抗がん剤治療の予約を入れることは承知してくれた。しかし、年末から正月にかけて夫婦で話を重ねるうちに、「せっかくこの道を信仰しているのだから、神様が私に、この身上を下さった意味を悟らせてもらいたい。どうせ賭けるのなら、神様に賭けてみたい」という妻の思いを、痛いほど感じるようになった。結局、妻は抗がん剤治療を当日になってすっぽかした。医者にはひどく叱られ、「今後は緩和ケアのことも考えてください」と言われた。余命については、「はっきりいつまでとは言えないけれど、そんなに長くはない」と告げられた。ショックだった。再発したら難しいと覚悟はしていたが、現実として受けとめることは容易ではなかった。その日から妻は、神様から身体をお借りしていることに感謝して、一日一日を有り難い、結構と思って生きていくことを心に定めたという。お腹の中には5秒の腫瘍。今日一日を喜んで生きることが薬であり、毎日のおさづけと、信者さんをはじめとする真実のお願いづとめが心の支えとなった。身体がしんどくて寝込む日もあったが、妻はそんなときには、「やったー!」と言ってバンザイをし、身体中で喜んでみることを始めた。病気だから喜べないのではなく、病気だけれど有り難いと喜んだ。いつしか妻の周りには笑顔が増え、病気の妻が、教会を明るく和やかに変えてくれた。そんな心が天の理に適ったのだろうか。不思議なことに春になるにつれて元気に過ごせる日が増えていき、夏を迎えるころには寝込むこともなくなり、猛暑の中の「こどもおぢばがえり」に帰参することができた。そして、秋になり、10月の診察では、5秒の肉腫が2・2秒まで小さくなり、元々小さかったもう一つは消えて無くなっていることが分かった。その年の正月には「化学療法をしても、肉腫は小さくなることはあっても、無くなることはない」と言われていたのに、9カ月で不思議なご守護をお見せいただいた。医者からは「高橋さんの勝ちね」と言われたそうだ。さらに、いまでは肉腫の一部は石灰化していて、どうやら終息に向かっているという。去年の今ごろは死を覚悟していたことが夢のようだ。親神様の心は、いつも子供である人間をかわいい、そしたすけたいという思いで溢れているのだと思う。その思いを妻が十分に頂戴することができたのは、どんな中でも神様が連れて通ってくださることを信じて、今を喜んで生きるという心を定め、一日一日を「有り難い、結構」と明るい心で通ったからだろう。まさに心通りに、明るいご守護をお与えくだされたのだ。「おさしづ」に、「あちらでも喜ぶ、こちらでも喜ぶ。喜ぶ理は天の理に適う」(明治33年7月11日)とある。これは陽気ぐらしに通じるだろう。喜べないことを喜びに変えていく心を、親神様は喜んでくださる。そのことを、妻の身上を通して教えていただいたように思う。それは私たち夫婦にとって、かけがえのない宝物となった。「いまでと心しいかりいれかへてよふきつくめの心なるよふ」(おふでさき十一号5)せっかく頂戴した結構な宝物を失わないように、夫婦の心を、天の理に適う陽気な心に入れ替えて、明るくおたすけのできる教会を築いていきたい。細く長く施設ひのきしん東京・江戸川支部東京教区江戸川支部吉田守利支部長)は先ごろ、第8回「東京都社会福祉大会」で、長年にわたる社会福祉活動の功績が認められ、「知事感謝状」を受けた(写真)同支部では毎月第1土曜日、特別養護老人ホーム「なぎさ和楽苑」でひのきしんを実施。入居者10人分のシーツや布団、枕カバーの交換を行っている。この活動は、同施設が開設されて間もない昭和5年に始まり、来年4年目を迎える。なお、新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が発出されている間は活動を休止している。同施設の地域連携推進係の釜島豪顕さん(31歳)は「職員だけでは手が回らないところまで丁寧に作業してくださることに、大変感謝している。コロナ禍が収束したら、あらためて活動の継続をお願いしたい」とコメントした。ひのきしん担当者の安井要一さん(38歳・中江堀分教会長)は「2歳を最年長に高齢の教友が多いなか、皆さん勇んでひのきしんに取り組み、元気に体を動かせありがたさを感じておられる。活動を通じて、地域に細く長く貢献できていることをうれしく思う」と話した。よろずの美の葉作家澤田瞳子芭蕉と「ソラさん」先日、出版社からグラビア撮影の依頼が来た。人と人が会いづらいご時世となって一年。写真が要る折は、なるべく過去のものを再利用する昨今、リアルの撮影は非常に珍しい。だが、それもしかたがない。撮影されるのは私ではなく、我が家の猫。御年8歳のソラを、小説家と猫の特集で取り上げていただくのだから。ちなみに「ソラ」は便宜上の表記で、名づけ親の私は、いつも心の中で「曾良」と呼んでいる。江戸期の俳聖・松尾芭蕉の弟子で、師の「おくの細道」の旅にも同行した河合曾良にちなむ名だ。我が家の猫は元は石川県の野良猫で、保護したご家庭とちょっとしたご縁があり、京都に来た。ソラを迎えに行く道中に松尾芭蕉の銅像を見かけたことから、「芭蕉ゆかりの地、芭蕉十哲、河合曾良」と単純な連想ゲームで命名された。ただ、この河合曾良という人物、松尾芭蕉の高名の影に隠れて知名度は低いが、実は「おくの細道」を研究するうえでは欠かせない人物だ。それというのも芭蕉の旅への同行中、曾良は旅日記を記しており、そこには日々の天候・宿泊所・距離・予定などが詳細に記されている。芭蕉は「おくの細道」を完成度の高い文学に仕上げたかったらしく、小さな創作や虚構を随所に加えているのだが、それを明らかにするきっかけとなったのが、この日記なのだ。記録から見る限り、曾良は相当真面目な性格だったらしい。たとえば元禄2(1689)年8月5日、曾良は芭蕉と別行動をすると決まり、北陸から伊勢国長嶋(三重県桑名市)へ向かう。その時の感慨を芭蕉は情感たっぷりに、「行く者の悲しみ、残る者の恨み、隻(離れてしまったつがいの鳥)の別れて雲に迷うが如し。予も又、今日よりや書付消さん笠の露」と記しているが、かたや曾良の記録はどうか。「五日曇。昼時分、翁・北枝、那谷へ赴く。明日、於小松に生駒万子為出会也。則請じて帰りて、良刻、立。大正侍に赴き、全昌寺へ申刻着、宿」北枝と生駒万子は地元の俳人。師の行動と予定を淡々と示すのみで、「おくの細道」に見られたウェットな情感は微塵もない。実は芭蕉は当初、八十村路通という別の弟子を同行させる予定だった。だが路通の素行が悪かったためか、それとも越後国(新潟県)に用があった曾良の希望を容れたのか、直前で路通はお役御免となる。路通は古典・仏典に精通し、放浪行脚をしながら和歌を詠んでいたところを芭蕉に会い、弟子になった変わり者。そんな彼が同行者だったなら、曾良の如き几帳面な記録は残さなかっただろうし、「おくの細道」研究も今日ほど進まなかったかもしれない。そんなわけで我が家では、そんな河合曾良の名をもらった猫に対し、呼び捨てなぞという失礼はしていない。「ソラさん」と、常に敬称をつけて名を呼んでいる。ただ実在の河合曾良が男性であるのに対し、我が家のソラさんはメス猫という、どうしようもない違いはあるので、本物の曾良が知ったなら怒られるかもしれない。読者のひろば一日一話『逸話篇』を読み高田昭徳(27歳・天理市)昨年、大学でオンライン授業が始まったことから、家で過ごす時間が長くなった。この時間を有効活用したいと考え、『稿本天理教教祖伝逸話篇』を一日一話ずつ拝読するようになった。『逸話篇』を読み進め、先人の通り方にふれるうちに、これまでの自分は目の前の損得ばかり考えていたことに気づき、反省した。先人に倣い、少しでも人に喜んでもらえるように通ろうと心に決めた。そんなとき、学生会の仲間と話す中で、コロナ禍によって身の周りでも悩みを抱える人や元気をなくした人が増えていると知った。少しでも元気を取り戻してもらおうと、気になる人に連絡を取り始めた。的確なアドバイスや解決策が見つからないこともあるが、相手の気持ちに親身に寄り添うことで、「話を聞いてくれてありがとう」と感謝されたり、落ち込んでいた人が前向きになったりした。一人でも多くの人に声を掛けていくことが、いまの自分にできるおたすけだと感じる。残り1年の学生生活も、このような状況下だからこそ、仲間と励まし合って歩みたい。文芸連載小説ふたり星の降る夜は作/片山恭一画/リン第18話発見されたカンの才能前話のあらすじ何時間も観察するほど、小さな生き物に強い関心を抱くカン。先日行われた小学校の田植え体験では、作業より田んぼの生き物に心を奪われていた。雨降りの日がつづいた。稲が育つにはいいかもしれないが、人や犬は退屈だ。そこで久しぶりの青空が広がった日曜日、わたしたちは海へ行ってみることにし。ツツは家でまだ学校の宿題をしていた。漢字の書き取りで、終わるまで遊びにいってはいけない、とサユリさんに言われているらしい。「きびしいんだ、うちのハハは」そのサユリさんは町に買い物に出かけている。海にはフウちゃんが連れていってくれることになっていた。彼は娘の宿題が終わるまで太鼓の修理をしていた。大小の太鼓が何種類もあり、ほかにも鈴のようなもの、振ってシャカシャカ音をたてるもの、金属のベルや木の板などが部屋中に散乱している。「これがトーキングドラム、太鼓言葉に使う楽器だよ」フウちゃんは大男だ。背はトトよりも頭一つ高い。カンの家族とは先日、サユリさんのピアノの演奏会で顔見知りになっている。「日本の言葉は音の高さによって別の意味になるだろう?ハナとハナとか、ハシとハシとか、ハンシンとハンシンとか、こういう言葉は太鼓言葉向きだね」いったい何を言っているのだ、この男は?「おとうさん、静かに勉「強ができないよ」「すいません」。大男は小さな声で言った。「このごろツツはサユリさんに似てきて、フウちゃんは困っているんだ」部屋にはサユリさんが練習用に借りているピアノがあった。カンは興味をもったらしく、椅子に坐って蓋撫でたり側面を軽く叩いたりしている。わたしにはあの子の手が弾きたがっているのがわかった。のどの渇いた犬が水を求めるように、指が音を求めている。蓋をあけて、指先をそっと鍵盤の上にのせた。なんの音もしない。勇気が足りなかったようだな。もう少すばやく指を落とすと、今度は柔らかな音がした。あとは指が勝手に動いて、恥ずかしがり屋のメロディが臆病なリスのように出てきた。サユリさんが演奏会で弾いた曲だ。花が蕾を開くように、音楽が部屋中に広がっていく。いつのまにかツツとフウちゃんがピアノのそばに立っていた。「ブリッジ・オバー・トロトロ・ワター」とフウちゃんが言った。曲の名前だろうか?「きみってピアノが弾けるんだ」。ツツが呆気にとられた声で言った。それは一つの発見だった。これまでカンがピアノを弾くのを見たことはない。ピアノという楽器に触ったことさえなかったかもしれない。おそらくおぼえてしまったのだろう。演奏会で聴いた曲をおぼえて、そのとおりに弾いてみせたのだ。「ツツが弾いているのかと思った」部屋の入口にサユリさんが立っていた。買い物から帰ってきたところらしい。「ひょっとして彼、天才かも」とツツが言った。時報俳壇ふじもとよしこ迷干されたる産着の真白風光る和歌山市荒井佳世子蕗の薹の天ぷら夕餉吾が詰所天理市北おさむ靴麗や生きる喜び探しおり名古屋市伊園三郎家計簿のやりくり上手春炬燵横浜市番家達也春泥を跨ぐ一歩やハイヒール鳥取県野間田芳恵春光や喜寿にふくらむ夢一つ飯田市本島美紀野良仕事足に重たし春の泥岡山市小橋繁食卓に春のおとづれ木の芽和尼崎市前田禎子春昼の遠山空に溶けゆけり天理市中山富貴風強し途切れとぎれの初音かな横浜市中尾砂江春灯の洩るる十八歳の部屋札幌市田森つとむ蕗味噌の香に誘われ夫帰宅千葉県樋渡忍良き話ちょっと嬉しく蓬摘む埼玉県金谷武紅梅を見つむ籠りと言ふ豊川市菊地美智代すぐそこの季押し戻す名残雪和歌山市西澤喜久治諸子釣る等間隔に竿を出す近江八幡市福井由隆言葉なき梅花一輪便せんに水戸市富田直子春風の子等の前髪通り抜け二戸市高屋敷節子孫発ちて春日に残る卓の傷広島市大村佳光奈良の旅歴史を語る寺の梅福岡市鎌田秀徳石塀に覗く古梅の二三輪天理市山田実早春の山の辺辿る足軽し奈良県松村ヒロ子春の日をもらひてなごむ地蔵様佐渡市今井ケエ子いつ晴れるコロナの世界二月尽滝川市家納千世子立春の子より孝行の福もらふ高崎市松田セツ子余寒なほ身の衰へし膝がしら名張市霧道三明川沿ひの奥に農家や梅早し横須賀市坂本和子バックミラー裏磐梯の名残雪橿原市東博崖上の欅大樹や木の芽ふく兵庫県藤田千春蝋梅の香りと共ににをいがけ宇治市原清彦今週の選者詠ぎんねずみ風にも光る猫柳【評】荒井さん「風光る」とは、風が煌めいていると感じる季語です。干されている真白な産着に、春風が吹き渡る様子を見た作者には風が光っているように見えたのです。眩しく、清々しい「白の風景」ですね。北さん語の「蕗の薹」は早春、地中から萌黄色の花芽を出します。ほろ苦く風味があり、季節を味わう美味な野菜です。作者の詰所では、25日の夕食に蕗の薹を天ぷらにして、帰参者に出されるとのこと。楽しみでしょうね。伊園さん「靴麗」はブランコのことで、春の季語です。大きく空に向けて漕ぐと、未来を探しているような豊かな心になった作者です。番家さん―寒さの残る日、春炬燵に入って家計簿をつけている奥さん。その真剣な表情に「いつもやりくり、ありがとう」とのご主人の感謝の思いが伝わってきます。野間田さん―――季語の「春泥」は、春のぬかるみのことです。凍解、雪解などによって生じるぬかるみは人々を悩ませます。ハイヒールの女性は靴の汚れるのを避けて、跨ごうと大股の一歩。瞬時の景をとらえたのが見事です。「時報歌壇・時報俳壇」リニューアルのお知らせ「天理時報』の紙面刷新に伴い、4月から「時報歌壇・時報俳壇」もリニューアルします。後日、あらためて新しい募集要項をお知らせします。投稿者の皆さまには、ご不便をおかけいたしますが、ご理解のほどよろしくお願い申し上げます。