天理時報2021年3月7日号6面
第14期読者モニター企画ようぼくdeTalkわたしの道しるべ心に残る〝忘れえぬ教え、最終回テーマおかきさげ人生を歩む中で、さまざまな分かれ道に立ったとき、教えは〝道しるべ”として、私たちが進むべき道を指し示す――。第14期読者モニター企画では、忘れられない教えの一節にまつわるエピソードを語ってもらう。最終回のテーマは「おかきさげ」。「言わん、言えんの理」を諭され山腰敏生さん68歳・会社員・岡山県倉敷市「言われてするのは正直者、言われん先からするのが誠真実」。これは、子供のころ母からよく聞かされた言葉だ。高校3年のとき、おさづけの理を拝戴した。「おかきさげ」を持って、教会長である父に報告に行くと、「読んでみろ」と言われた。緊張しながら読み進める私を、父は真剣な面持ちで静かに聞いていた。正直なところ、拝読を終えても、そのときは、これといった感想は浮かばなかった。数年後のある日、信者さんとのやりとりの後に「言わん、言えんの理を分からにゃいけんな」という父のつぶやきが耳に入った。それが「おかきさげ」のお言葉であることに気づき、「信仰とは自分で悟り、行動することが大切で、人に言われてすることではない」ということに思い至った。冒頭の言葉も含め、幼いころから成長に応じて仕込んでもらったことに気づけて、あらためて両親への感謝の思いが湧き上がった。思召に沿う心づかいが肝心内田滋さんコロナ禍の中で、気分がすっきりしない日々が続いているが、それは心のあり方が影響しているように思う。所属教会では「日々は勇んで働き笑って暮らしましょう」という言葉から始まる、「今日一日の心定め」という文章を唱和する習慣がある。そこには、「おかきさげ」の「自由という理は何処にあるとは思うなよ。たゞめん〈精神一つの理にある」というお言葉もあり、「心をつくることの大切さを悟りましょう」と続く。また講社祭では、参拝者全員で「おかきさげ」を拝読している。お道では、身上は神様からの借もので、心だけが自分のものと教えられる。心の使い方が重要であり、親神様の思召に沿う心づかいが肝心である。現実にはなかなか難しいが、日々に心を教えに照らして、明るくこの道を歩みたい。「救ける理が救かる」を実感し川田真紀子さん46歳・主婦・アメリカ3年ほど前、家庭環境に悩む娘の友人を世話する機会があった。出会った当初は暗い目をしていたが、毎週のように週末、わが家を訪れるうちに、明るく笑うようになった。その後、同じような境遇の女性が暮らすグループホームに入り、自分の居場所を見つけることができた。不思議なことに、私たちが彼女の世話取りをしている間、周りの人たちが私の子供の面倒を見てくれるようになった。「人を救ける心は真の誠一つの理で、救ける理が救かる」との教えは、本当にその通りだと感激した。何が起こるか分からない生活の中で、互いにたすけ合うことの大切さを身に染みて感じている。これからも、ようぼくとして、人をたすける誠の心で声をかけ、人とのつながりを築いていきたい。家業第一を知り人生前向きに古川真由美さん5歳・契約社員・天理市「日々には家業という、これが第一」という一節が印象に残っている。なぜ、ようぼくは家業第一なのか。若いころは、ずっと不思議に思っていた。当時、家業というのは「職業としての家の仕事」だと思っていたので、将来の夢があった私は「『家業が第一』と言われても…..…..」と困惑していた。数年前、自分を取り巻く環境に変化があり、これから何を目指して、どこへ向かえばいいのか迷っていた。そんなとき、家業第一の一節が浮かび、「どんな夢を目指そうとも、まずは目の前の仕事に専念し、一日一日をしっかりと通らせていただくことが大事。家業第一には、そのような意味もあるのでは」と考えた。以来、先行きを不安に思う気持ちが薄らいだ。いまは目の前の物事に前向きに取り組みながら、毎日を過ごしている。家業と孝心を両立させる中で田中一慶さん35歳・教会長後継者・岐阜市教会につながる人の中に、結婚を機に信仰を始め、ようぼくになった女性がいる。家族で酒屋を営み、朝早くから夜遅くまで力を合わせて切り盛りしている。先日、彼女の自宅で講社祭を勤めたときのこと。講話を終えると、彼女から「おさづけの取り次ぎ方を教えてください」と言われた。あらためて取り次ぎ方を説明すると、彼女はすぐに義母の足に取り次いだ。受ける義母は、とてもうれしそうな表情を浮かべていた。「おかきさげ」に「日々には家業という、これが第一。又一つ、内々互い(孝心の道、これが第一。二つ一つが天の理と諭し置こう」とあるように、家業と孝心の両立が大切と教えられる。家族と共に信仰生活を送り、実践する彼女を見て、胸が熱くなった。ようぼくの指標と信仰の基本杉山公宣さん70歳・教会役員・横浜市昨年末、ある先生のお話を聞いたことから、50年前に頂いた「おかきさげ」を、もう一度読み返そうと思ったが、紛失してしまったことに気づいた。思いつく限りの所を探し回ったが見つからず、自分の信仰姿勢を深く反省した。所属教会へ向かい、今日まで無事にお連れ通りいただいたご守護にあらためて感謝するとともに、紛失したことをお詫びした。その後、会長さんにお願いして「おかきさげ」を写させてもらい、毎日拝読している。2カ月ほど経ったいま、ここにはようぼくの日々の指標が集約され、信仰の基本が示されていると実感している。陽気ぐらしへ向かううえで、繰り返し読んで、その基本を押さえるとともに、にをいがけや教会へのつくし・はこびに努めたい。ショートエッセー私と時報特集記事から夏のおぢばへ今野昌樹(37歳会社員・岩手県奥州市)10年前の3月11日、「東日本大震災」に遭遇した。幸いにもけがはなく、家族も無事だったが、知人の出直しの報に接したり、震災後の生活にストレスを感じたりする中で、私も体調を崩した。通院を続けるも、体調は一向に戻らず、急に胸が苦しくなり、落ち込む日々が続いた。そんななか、時報の「こどもおぢばがえり」事前特集が目に留まった。夏のおぢばで楽しい雰囲気を味わえば、少しは体調が良くなるかもしれないと考え、休みを取って詰所の受け入れひのきしんに参加した。詰所では猛暑にもかかわらず、スタッフの人たちが勇んでひのきしんに当たっていた。そうした勇み心に感化されて一緒に汗を流すうちに、いつしか自分自身も、笑顔でひのきしんに当たっていることに気がつい。たさらに、このときの経験を道友社へ投稿したところ、「読者のひろば」で紹介していただいた。時報によっておぢばへ導かれ、その記事が掲載されたことに、不思議な縁を感じた。記事を担当した方の親切な対応にも、深く感謝している家族の情景●エッセイスト川村優理家族はきっとこんなふうに星野源作『恋』近現代の文学に描かれた「家族」をテーマにエッセを書き始めて、1年が過ぎました。第1回で夏目漱石の『坊っちゃん』の家族について書いて以来、50人の作者の文学作品を取り上げたことになります。そこには、50の家族の姿がありました。どの人の人生でも、自分という主人公を支えてくれる名脇役たちが家族です。そして家族がいることで、私は私の人生の主人公になれるというわけです。と言っても、平凡な毎日をただ懸命にやりくりしているだけのドラマなのですが。そういった視点で文学を読み返してみると、主人公だけではなく、「彼」または「彼女」と関わっている周囲の人たちが見えてきます。私の場合は毎日、仕事場と家庭を往復し、夜になると「ああ、今日は家族のためによく働いた」などと感じながら眠りにつくのですが、一緒に暮らす母は「もっと私に話をしに来なさいよ。ほんとに冷たい娘だこと」と思い、子供たちは、「お母さんは、いつも偉そうだよな」と思っているかもしれません。営みの街が暮れたら色めき風たちは運ぶわカラスと人々の群れ意味なんかないさ暮らしがあるだけただ腹を空かせて君の元へ帰るんだ星野源というシンガーソングライターの書いた『恋』という曲の最初の一音を聞いたと、き一瞬で「この人は天才だ」と思いました。日常の風景を覆っている夕方の空が、どこかでガシャンと音をたてて割れたような気がしました。それから「おいしいものなら作れるな」と、思いました。「ただ待っていることもできるな」とも、思いました。家族はきっとこんなふうに、毎日家に帰ってきて、毎日帰る人を待っているものです。得体のしれないウイルスが突然やって来ても、いきなり地震が起きても、停電で電車が止まっても、家族は毎日家を目指し、家で家族の帰りを待っています。長く続いたエッセーの最後に取り上げる作家と作品誰の何にしようかと、ずいぶん迷いました。何を書くのが正しいかとも思いました。けれど結果、私が最も愛している歌詞を「文学」としてご紹介することにしました。長い間、この文章を読んでくださった、私の読者という「家族」である皆様へ。星野源は埼玉県出身の音楽家、俳優、文筆家。2016年にリリースしたシングル『恋』は、自身も出演したテレビドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」の主題歌として、多くの人に支持された。