天理時報2021年1月17日号3面
修養科の四季第46期橋詰勇さん25歳大阪市大啓分教会所属家族のような温かさに包まれ天理教を知ったのは小学1年生のとき。同級生から教会の「こどもおぢばがえり」に誘われたことがきっかけだった。中学3年生のときには「少年ひのきしん隊」にも参加。ひのきしんの喜びを味わい、大切な仲間との出会いもあって、教えをさらに知りたいと思うようになった。17歳になると、おさづけの理を拝戴。大学では学生会活動に参加するなど、充実した日々を送っていた。卒業後は憧れの仕事に就いたが、現実は厳しく、いくら頑張っても失敗を繰り返す悪循環に陥った。無力感に心が押しつぶされるなか、次第にギャンブルに没頭するようになり、ついには退職。罪悪感や情けなさから自分を責め続け、次第に人との関わりを避けるようになった。自殺まで考えるほど精神的に追い込まれていたある日、ふと教会の人たちの温かい笑顔が頭に浮かび、気がつけば教会のドアを叩いていた。「一人でよく頑張ったね」と涙を流して出迎えてくださった皆さん。本当の家族のように接してくれる温かさに、気持ちが少し楽になった。その後、会長さんの勧めもあり、自分を変えるために修養科を志願した。おさづけを取り次ぐ姿勢修養生活では、当初は周囲とあまり関わらず、自らの心の立て直しに集中しようと考えていた。そんななか、組係に任命された。責任感から、いつも笑顔を心がけ、困っている仲間がいないか常に気にかけた。しかし心の中では、仕事を辞めた罪悪感など負の感情が渦巻いたままで、だんだんと不足が募っていった。おさづけを取り次いだとき、相手からお礼の言葉をかけられても「自分なんかでいいのか……」と素直に喜べない日々。頑張っても、すぐに自己嫌悪に陥ってしまう現状に一人で苦しみ、またしても人との関わりを避けるようになった。2カ月目の中ごろには心の状態が限界に達し、「もう、ここにいても仕方がない」と、会長さんに辞退の旨を伝えるべく電話をかけた。ところが信頼する会長さんの声を聞くうちに、気がつけば涙を流しながら自身の胸中を吐き出していた。会長さんは「君がどんな人間でも、私や教会のみんなは勇が大好きだ。悪い部分を一緒に直していこう」と、すべてを受け入れたうえで、温かい言葉をかけてくださった。一緒に喜び、時には叱ってくれる家族のような温かさを思い出し、「一人ではない」と心が楽になった。また、クラスの仲間や詰所の先生など、多くの人たちに支えられていることにも気づけた。おさづけを取り次ぐ姿勢については、「神様が期待して相手を用意してくださったのに、『自分なんかが取り次いだら申し訳ない』と思うのはこうまんのほこりだ。むしろ与えられたことを喜びなさい」と諭された。これまで抱えていた絶望感が薄まり、自分の進む道が光で照らされたように感じた。心の内を省みる余裕を持てた私は、「自己嫌悪に陥るのは、自分中心の心づかいが原因だったのでは。癖性分を直す努力や喜ぶ工夫をせず、嘆くだけだった」と痛感。「これからは、人のたすかりを願っておさづけを取り次ごう」と、修了式までの1カ月間、毎日おさづけを取り次ぐことを定めた。周囲に勇み心を広げ翌日、ある仲間から「おさづけを取り次いでほしい」と申し出があった。神様が背中を押してくださっていると感じ、その人に修了式の日まで欠かさず取り次いだ。また、以前は身が入らなかった授業や、おてふり練習にも、熱心に取り組めるようになった。たまに気持ちが落ち込むことがあっても、喜べることを探して前向きに通る中で、徐々に心から勇めるようになっていった。仲の良いクラスメートが「心から勇んでいる様子が伝わってくる。私も勇まされた」と声をかけてくれたときは、神様が伝えてくださったメッセジのように感じ、喜びで胸がいっぱいになった。現在は仕事をしながら教会へ日参し、お道の御用を勇んでつとめている。その中で、祖母が初席を運んでくれたこと、にをいがけに歩く中で不思議な出会いがあったことなど、うれしい出来事も次々と起きている。毎日生き生きと過ごし、人のたすかりを願うまでに変わることができたのは、神様のご守護はもちろん、周囲の方々の温かい思いやりがあったからこそ。挫折感で心を病む人がいたら、今度は私から、温かい手を差し伸べたい。冬枯れの公園内で、除草ひのきしんに勤しむ修養科生笑うて泣いてまた笑て「妹尾和夫のしゃべくりエッセー不断の努力が実るとき寒中お見舞い申し上げます。寒さもさることながら、新型コロナウイルスの感染拡大も、まだまだ続いております。そんななか、全国大学ラグビーフットボール選手権大会で天理大学ラグビー部が初優勝したニュースに胸が躍りました。中学、高校と天理で過ごし、ラグビーに親しんでいたこともあって、皆さん同様、この快挙わが事のように喜んでおります。新型コロナの集団感染という苦境を乗り越えた天理大と、連覇を目指した早稲田大学。両校とも素晴らしいプレーを見せてくれて、本当にありがとうございます。ところで、これはスポーツの世界に限ったことではありませんが、不断の努力に勝る力はないですね。それとともに、本人すら気づかない未知の才能を引き出してくれる人との出会いによって、初めて花開くのだと思うのです。かなり前ですが、日本を代表する映画キャメラマンの木村大作さんとお会いしたときにも、そう感じましした。木村さんは、大ヒット映画『八甲田山』『鉄道員』などの撮影で知られ、映画監督としても3作品を手がけています。特に、雪景色を撮らせたら、この人の右に出る者はいないといっても過言ではありません。その木村さんが『劔岳点の記』で監督デビューしたのが、僕の今の年齢に近い年というから驚きです。監督第2作『春を背負って』の宣伝を兼ねて、僕のラジオ番組に出演していただいたときのことです。ご本人は、あくまで「映画キャメラマン」の肩書きにこだわりがあり、キャメラマンが、ホンを執った、と紹介しました。作品の中で、ある女優さんの演技が「ちょっと違うかな」と思い、木村さんにその話を向けました。すると木村さんは「演技は役者の仕事、監督は役者を現場で追い込むだけ」と言いきられました。また、同時期に公開された高倉健さん主演の映画『あなたへ』に撮影スタッフとして参加できなかった話では、健さんの主演作には必ず参加していただけに、「俺の映画をずらしてでも、健さんのほうへ行ったんだよ」と。無茶な話ですが、人とのつながりを大切にしてきた、心意気あふれるひと言でした。木村さん本人も、監督になることなど思ってもみなかったでしょう。ですが、その才能を早くに評価した巨匠・黒澤明監督をはじめ、名だた映画人との仕事を通じて、素養がおのずと備わったのだと思います。もちろん、本職であるキャメラマンとしての弛まぬ努力が下地になっていることは言うまでもありません。木村さんは昨年の秋、文化功労者の一人に選ばれました。映画撮影の分野では初めてで、「映画スタッフ全員の励みになれば」とのコメントに、映画人として60余年歩んでこられた重みを感じました。さて、先ごろ「緊急事態宣言」が再発出されました。こうした話題に、つい気持ちも塞ぎがちになりますが、昨年のあの時期を乗りきったことを思い起こし、さらには初春一番の喜びを携えて、〝コロナの坂〟共に越えていきたいと思います。(せのお・かずお、ラジオパーソナリティー)報山本義和本部員昨年12月15日午後零時45分出直された。88歳。中山大亮様斎主のもと、みたまうつしは7日午後6時から、告別式は16日午前1時から、それぞれ天理市布留町の第1母屋で執り行われた。【山本氏略歴】昭和7年2月15日生まれ。明治大学卒業。24年2月2日おさづけの理拝戴。3年青年会本部実行部員、青年会上之郷分会委員長。3年本部青年。4年奈良教区青年会委員長。4年上之郷大教会長。4年信者部輸送課長、信者部委員会委員。4年本部准員、教祖90年祭準備委員、教祖90年祭実行委員会ふしん委員。50年別席取次人。55年おやさと班委員、表統領室次長、同総務課長。5年教祖100年祭準備委員。50年おやさと小委員会委員。60年本部員、宗教法人天理教責任役員、常詰、輸送部長。88年審判会委員。平成4年営繕部長。8年おやさと委員会委員長。13年宗教法人天理教教会本部責任役員、修養科主任。16年御用方室おはこび掛主任。1年御用方室長。2年祭事室長。24年島ヶ原大教会長。25年教祖100年祭準備委員などを務めた。この間、中和、双名島、芦津、島ヶ原、西宮の各大教会本部直属鶏林分教会の世話人、東京教区の修理人を務めた。本部婦人増野加壽子さん1月4日午前9時4分出直された。90歳。西田芳治本部員斎主のもと、みたまうつしは6日午後6時から、告別式は7日午後零時30分から、それぞ天理市布留町の第1母屋で執り行われた。【増野さん略歴】大正10年2月16日生まれ。天理女子学院卒業。昭和13年3月1日おさづけの理拝戴。40年本部婦人。43年別席取次人。4年婦人会本部委員。5年つとめ人衆、教祖1000年祭準備委員、内統領室内儀掛。平成25年教祖10年祭準備委員、30年御用方室おたすけ掛などを務めた。北原春雄さん(8歳・伊那大・北飯田分教会前会長)11月28日出直された。少年会本部委員、大教会役員、教区主事を務めた。長野教区。田渕宏さん(3歳・京|城大・京龍分教会長)12月2日出直された。大教会役員を務めた。京都教区。高須濤子さん(たかす|なみこ=30歳・本荏大・本荏高分教会前会長夫人)12-月4日出直された。婦人会本荏支部委員、大田調布支部婦人会主任を務めた。東京教区。中村和代さん(5歳・松阪大・大湊分教会前会長夫人)12月7日出直された。三重教区。荒谷百合子さん(あらたにゆりこ=55歳・堺大・三津町分教会5代会長)12月10日出直された。大教会婦人を務めた。広島教区。山﨑正子さん(やまさき・まさこ=8歳・芦津大・島西分教会長)12月10日出直された。長崎教区。服部幸枝さん(はっとり・さちえ=9歳・網干大・東備分教会5代会長夫人)12月11日出直された。婦人会網干支部委員、幸分教会長(5代)、旧岡山市支部婦人会主任を務めた。岡山教区。戸井田勇さん(といだいさむ=88歳・平安大・春一分教会前会長)12月11日出直された。埼玉教区。倉橋喜一さん(くらはしきいち=30歳・牛込大・東王子分教会前会長)12月1日出直された。大教会准員、詰所副主任、足立支部長、道友社直属社友を務め東京教区滝川泰次郎さん(たきがわ・たいじろう=5歳・髙岡大・愛喜分教会長)12月-1日出直された。松山南支部長を務めた。愛媛教区。白川裕子さん(しらかわゆうこ=728歳・水口大・龍武分教会長夫人)12月12日出直された。青森教区。玉井フクヱさん(たまい・ふくえ=2歳・阿羽大・徳野分教会前会長)12月1日出直された。徳島教区。澤井博之さん(さわい・ひろし=88歳・南大・南鴫野分教会前会長夫君)12月15日出直された。奈良教区。告示第一四七六号教会長資格登録規程第四条により立教百八十四年二月十七日教会長資格検定を実施する立教百八十三年十二月二十六日天理教検定会委員長松田元雄陽気ぐらしのヒント人生相談自粛中他人の自由な行動にイライラここ数カ月、新型コロナウイルスの影響で生活が変化する中で、他人の行動が目について仕方ありません。感染拡大防止のため、不要不急の外出はしないように心がけています。一方で、ステイホームに耐えられなくなったのか、毎週のように飲み歩き、遊び回っている同僚を見ると、「私はこんなに我慢しているのに」と怒りの感情が湧いてきます。また街中で、感染対策をしていない人を見たときも、ついイライラします。このご時世、心穏やかに過ごすには、どうすればいいでしょうか。(30代女性)お手紙を拝見し、毎日、緊張感をもって生活しておられるあなたの姿に感心しました。真面目に頑張っていればこそのお悩みかと、拝察します。日本では、いったん収束に向かっていた新型コロナウィルスが、また勢いを増していますね。コロナ感染が始まったころは、ウイルスのことがよく分からず、専門家の意見もまちまち。そのせいで、ずいぶん不安になりました。その後、研究が進み、感染拡大を防ぐ方法も分かってきました。「マスクの着用」「手洗いと咳エチケット」「密集、密接、密閉の三密を避ける」という新しい生活様式は、これまでの生活に比べると、かなり窮屈ですが、自分の身を守るとともに、人にうつさないための配慮としても欠かせないものです。ただ、すべての人が同じ生活様式で過ごせるかといえば、そうではありません。お手紙を読めば、あなたも「人はそれぞれなのだ」と、十分に分かっておられますよね。分かっているのに、人の言動に心がザワザワ、イライラする。誰にでもあることかもしれません。みると、「私はけやっているのに……………」という気持ちが、自分の心を苛立たせているのではないでしょうか。最初は細波のようでも、さまざまな因子で増幅され、大波になっていく。SNSなどで常に情報を得ていると、自分の知らないところで起こっていることにも、感情が揺さぶられてしまうのでしょう。あなたが心の向きを変えようと趣味に力を入れたり、お風呂でゆったりしたりするのはいいことです。知らなくて済むことなら距離を置き、「鈍感力」を増すことで、心穏やかに過ごせるのではと思います。あなたは十分に頑張っています。そのことを自分で認めてあげましょう。大いなるご守護への感謝の気持ちを、「思いやり」の心づかいに託して人とつながっていけるよう、努力したいものですね。コロナ禍の今だからこそ、余計に「互いに立て合「いたすけ合う」生き方を心がけていきましょう。回答者吉福多恵子濃飛分教会前会長夫人身上・事情などに関する悩みをお寄せください。個人情報は厳守いたします。●宛先=〒632‐8686 天理郵便局私書箱30号天理時報「人生相談」係●ファクス=0743‐62‐0290 ●Eメール[email protected]座右のおふでさきをやめにかのふたものハにち/\にだん/\心いさむばかりや(十五号66)重岡健二潮見分教会長素直に受ける心を培い大節を乗りきる力に昨年の新春は、久しぶりに本部お節会に帰らせていただいたが、今年はそれすら叶わない状況になるとは、夢にも思わなかった。コロナ禍という大節を通して、親神様・教祖は、私たちに何を望んでおられるのだろうか。これは、私が青年時代に聞いた話である。教祖が現身をもってお働きくだされていたころ、ある熱心な信者が自宅で井戸掘りをしているさなか、教祖からお呼びがかかっているとの言付けがあった。作業の手を止め、急ぎお屋敷へ向かうと、大した用向きではなかった。不足に思いつつ自宅へ戻る途中、駆けつけた家の者から井戸が崩れたと聞かされ、命拾いしたことを知ったいわゆる口伝なのだが、「はい」と素直に受ける心の大切さを、この話から学んだ。さて、世間には「紙一重」という言葉がある。一枚の紙ほどのわずかな違いという意味だが、私はこれを「神一重」としたい。神様に結構にお連れ通りいただくうえで、「はい」と言える素直な心が、人の運命を大きく左右すると思うからだ。心の成人、心のふしんとは、素直な心を養いやの思いに近づくことだと教えていただく。旬の声を素直に受け、脇目もふらず前へと歩みを進める中から、喜びの種を頂戴できる。昨今のコロナ禍においても、陽気ぐらし世界を望まれる親神様の思召にお応えするべく、道のようぼくが心明るく、勇み心で通れば、大難は小難、小難は無難にしてお連れ通りくださる。さらには、この節から新たな芽生えを見せていただけると、信じてやまないのである。