天理時報2021年1月17日号4面
天理時報創刊90年記念エッセー|入選作品テーマ「かしもの・かりもの」を心に古川真由美5歳・大野分教会教人・天理市生きるとは捨てることの連続身上をご守護いただくとは、どういうことだろう。私はかつて本部勤務者として勤め、その2年間のほとんどを婦人科系の身上とともに過ごした。最初に手術を勧められたのは、40歳を過ぎたころ。その時はすぐに決断できず、自分にとってどうすることがベストなのか、ひたすら考え続けた。ある時、以前に読んで印象に残っていた『天理時報』掲載エッセーの「生きるって人とつながることだ」(福島智・東京大学教授)の一節が、ふと頭に浮かんだ。「福島よ、目が見えんってどういうことや」全盲の盲学校教師が、全盲の中学生だった福島少年に投げかけた言葉だ。この後、福島教授は18歳で全盲ろうの状態になるのだが、ご自身が盲ろう者になることによって、「人生において真に価値あるものは何か」を問い続けるチャンスが与えられたことは、意味のあることだったと述懐されている。病気とは一体、何だろう。私は二、三十代のころ、病気がすっきり治り、結婚して子宝に恵まれることが私にとっての「ご守護」だと信じて疑わず、ずっとそう願っていた。だが、その願いはいつのころからか「身上とは何か」「ご守護とは何か」という問いに変わる。「ご守護いただきたい」と願うばかりでは、その本質にたどり着くことはできないということに気がついたのであろう。結局、手術を受けたことにより、私の「病気」は治った。しかし、最初に手術を勧められてから決心するまでに2年ほどかかっている。何かを変えるためには、何かを捨てなければならない。我が身思案や我が身の都合をすべて捨て、親神様にもたれて通る覚悟を決めることができたとき、「身上とは何か」が少し分かった気がした。ご守護とは何か、ということを考える中で大きな影響を受けた人物が他にもいる。パラリンピック(アテネ、北京、ロンドン)女子走り幅跳びの日本代表選手で、大学在学中に骨肉腫を発症、右足の膝から下を切断した経歴を持つ。そんな彼女が、東京五輪招致委員会プレゼンテーターとして、IOC総会の最終プレゼンでスピーチした。そのニュースをたまたまテレビで見ていた私は、かつて経験したことがないくらい強い衝撃を受けた。そしてすぐに、とてつもなく大きな感動へと変わっていった。彼女は術後、一度は絶望の淵に沈むが、大学へ戻って陸上に取り組むようになり、変わる。「目標を決め、それを越えることに喜びを感じ、新しい自信が生まれました。そして何より、私にとって大切なのは、私が持っているものであって、私が失ったものではないということを学びました」これは言い方を変えると、私たちはいま自分に必要なものはすべて持っている、ということになるのではないか。彼女の言葉を聞いて、一体何枚のウロコが目から剥がれ落ちただろう。私にはそんな発想、全くなかった。きっとこれが、親神様が身上を通して私に何より教えたかったことだと確信した瞬間だった。「病気が治る」ということは、もちろん大事なことではあるが、ご守護の一つの側面に過ぎない。昔、信仰の道は、ある意味「捨て方」を学ぶ道のようなものだな、と思ったことがある。私は信仰初代なので、信を始めて間もないころ、教えに関しては全く分からないことばかりで、とにかく知識を増やすことだけに躍起になっていた。「捨てる」ことの意味なんて考えたことすらなかった。だが、ご守護とは何かを考える長い日々を過ごしていくうちに、生きるとは捨てることの連続ではないかと思うようになった。私は身上を通して、私に必要なものは親神様がすべてお与えくださっていることを知った。自分の中の捨てるものは何で、捨てないものは何か。時には間違えたり、失敗したりすることもあるだろう。でも心配はいらない。失敗上等。また一から始めればいいだけだ。まだ私には、人生において真に価値あるものが何か分からない。きっと一生、その答えを追い続けていくのだろう。たぶん、それが人生だ。列島縦断ニュース教会長夫妻の集い周東大[周東大・末弘社友〕周東大教会は昨年12月5日、山口県岩国市の大教会で「教会長夫妻の集い」を開催、0人が参加した。当日は、弘長健会長のあいさつの後、各部・各会の行事報告と来年の予定を発表。続いて、地域に根差した教会活動として、「おとまり会・こどもおぢばがえりを通した少年会活動」(講師=名越正一・周神港分教会長)「子ども食堂の取り組み」(講師=迫野真次・拝陽分教会長)が紹介された。最後は、全員で「よろづよ八首」のてをどりまなびを勤めた。福祉講座神奈川教区〔神奈川・吉本代表社友]神奈川教区厚生部(林久雄部長)は12月6日、横浜市の教務支庁で「福祉講座」を開催、15人が参加した。これは、対人援助専門職に就く教友を講師に招いて、おたすけに役立つ知識を学ぶもの。当日は、スクールソーシャルワーカーの岡田節子氏が「今どきの高校生の理解と支援」と題して講義した。□婦人会□母親講座鳥取西部支部〔鳥取・佐々木社友〕西部支部婦人会(辻洋江主任)は1月4日、米子市の米城分教会で「母親講座」を開催、3人が参加した。当日は、上田秀昭・京伯分教会長を講師に迎え、原典勉強会を実施。参加者からは「原典を身近に感じられた」「ぜひ続きを開いてほしい」などの声があった。□学生会□総会神奈川教区神奈川教区学生会は12月13日、教務支庁で総会を開催、学生会スタッフを中心に15人が参加した。今回、新型コロナウイルス感染予防対策を講じて実施。当日は、「みかぐらうた」のCDに合わせててをどりまなびを勤めた。続式典では、鈴木康之・教区学生担当委員会委員長の祝辞の後、椎本喜生・教区学生会委員長があいさつし、今後の会活動に向けて一層の結束を呼びかけた。□災害救援ひのきしん隊[訓練]兵庫教区隊[兵庫・北中代表社友〕兵庫教区隊(田淵真継隊長)は1月27、28の両日、神戸市の社会福祉法人「まほろば」研修棟を拠点に訓練を実施した。2日間にわたる訓練では、施設周辺の樹木の伐採や遊歩道の新設整備に従事。特に今回は、日帰りでの実動としたほか、参加1週間前からの検温チェックや、屋外作業以外でのマスク着用の徹底など感染対策を万全にして臨んだ。結隊式には井戸敏三・県知事、解隊式には久元喜造・神戸市長が臨席し、それぞれあいさつ。井戸知事はあいさつで、コロナ禍中の有事を想定した訓練に対し、隊員たちに謝辞を述べた。なお参加人数は、訓練前日の準備を含め、延べ人(婦人会員、看護師を含む)を数えた。静岡教区隊[静岡・鈴木代表社友〕静岡教区隊(山口志朗隊長)は11月28日、袋井市の小笠山総合運動公園エコパスタジアムで訓練を実施、8人が参加した。当日は、朝早くから各支部隊が会場に集結。結隊式の後、管内3プロックに分かれて実動した。中部ブロックは、水路護岸用の蛇籠を作成して設置。東部ブロックは、砂防堤に使用する丸太50本の製材作業。西部ブロックは、調整池周辺の草刈りを行った。今回は、田中勇文・災救隊本部長が現場を視察。解隊式であいさつに立った田中本部長は、地域に根差す活動を継続することが有事に生かされるとしたうえで、「来る年に迎える結成50周年に向けて、勇んでつとめていただきたい」と激励した。自然を敬う心で暮らす「人類の歴史は、感染症との闘いの歴史でもある」という言葉がある通り、古の日本人も幾度となく疫病感染症)に翻弄され、見えない敵と闘ってきました。日本における疫病の最も古い記録は、崇神天皇5年(推定3世紀ごろ)と『日本書紀』に記されています。その詳細は明らかではありませんが、記録には人口が半減したとあります。人々の苦しみを憂えた崇神天皇は、神々を祀ることで事態を鎮めようとしましたが、これは単に人々の心を救うだけでなく、科学的にも疫病の感染拡大防止にひと役買ったといわれています。第10代崇神天皇、第11代垂仁天皇の時代に次々と神社が創建されていく中で、疫病の終息を祈って神社に参拝する人たちは当然、手水で手を清めます。この風習が定着し、衛生環境の改善につながったというのです。各地に存在する「裸祭り」も、一般的には「穢」を落とす「禊」として始まったといわれていますが、その一方で、免疫力を高める効果も期待できるそうです。手洗いを徹底し、免疫力を高めることは、感染症の予防や拡大防止において最も重要な要素でしょう。科学技術が発達していなかった時代に、そのような叡智を日本人が持ち合わせていたことに感動を覚えます。疫病からの復興を担ったのも祭りでした。京都の祇園祭や大阪の天神祭、博多祇園山笠など都市部で開かれる夏祭りの起源には、疫病退散の祈りが込められているといわれます。さらに江戸時代、8代将軍・徳川吉宗の治世には、死者の御霊を慰め、疫病の退散を祈るために、花火が打ち上げられるようになりました。自然界の至る所に神様が宿っている。そう信じてきた日本人にとって、日々の生活そのものが祈りでした。春の訪れとともに種をまき、豊作を祈る。夏には台風や害虫・疫病などの被害に遭わないことを願い、もし被害に遭ったときは犠牲者の御霊を慰め、その終息を祈る。そして、秋には実りに感謝を捧げ、寒さの厳しい冬には、こもりながら魂を充実させていく――。日本には、季節の移り変わりに寄り添うように、人々の営みがありました。そのライフスタイルの中に、疫病の感染拡大を防ぐ手だてをうまく溶け込ませてきたのが、日本史の一面でもあるのですね。私たち現代人が、文明の力で自然をコントロールしようともがき、災害や疫病という大自然の摂理に抗って暮らしているのとは、あまりにも対照的な姿が、歴史から浮かび上がってきます。コロナ禍にあって、私たちは生活の仕方に大きな変化を求められています。でも、もしかしたら、そのやり方以上に、私たちの心のあり方そのものが問われているのかもしれません。災害や疫病も含め、自然を畏れ敬い、自然に寄り添って生きる。そんな心のあり方を取り戻したとき、私たちはかつての日本人のように、効果的な手だて日々の暮らしに溶け込ませ、新たな生活様式を確立することができるのかもしれませんね。「火と水と風と」写真当選者発表昨年12月6日号の「火と水と「風と」にご応募いただき、誠にありがとうございました。応募総数は46通。抽選の結果、次の10人の方に六ッ切大の額装写真をお送りします。・当選者(敬称略)◎北海道・藤沢真奈美◎秋田県・鈴木ひろ子◎埼玉県内山房代神奈川県・瀬戸通子◎愛知県・相澤健志◎三重県上村守◎大阪府佐々木圭治◎山口県三隅隆明◎香川県・近藤利男◎熊本県國生真央文芸連載小説ふたり星の降る夜は作/片山恭一画/リン第15話吠えて、吠えて、さらに吠えた前話のあらすじカンとツツは、校庭の松の木の下でフウちゃんが持たせてくれたリンゴを食べた。そのときツツは、自分なりのスーパーリッチを目指すことを語る。いつもは静かな海が荒れていた。一言主の神さまが祀られている小島のあたりも白く波立っている。雨は降っていないが、空は灰色の雲に厚く覆われていた。湾内に係留された漁船やボートが波に揺られて軋むような音をたてている。カモメがうるさく騒ぎ立てる。港の駐車場に車やトラックが何台か停まっている。小型乗用車に一人の若い男がいた。窓を半分くらいあけてぼんやり海を見ている。カンは立ち止まって、しばらく男のほうを見ていた。桟橋には人影がない。たいてい何人か見かける釣り人も、今日は悪天候のせいか一人もいなかった。カンは桟橋の先端まで歩いていって腰を下ろした。わたしは近くに寝そべって、ちょっと強めの潮風に吹かれることにした。トトが話していたことを思い出した。年に一度ほど、学会のために都会へ出かける。その折、昔の仲間に誘われて波乗りをしたらしい。「海の水が臭いんだ」。トトは目を丸くして言った。「体質が変わっちゃったのかなあ。前はそんなこと気にならなかったのにね。病気になりそうな気がして、とてもサーフィンなんて気分じゃなかった」海にもいろいろあるらしい。幸い、わたしはここの海しか知らない。いまは青と白のまだら模様に波立っている。夕暮れにはまだ時間があるのに、夜がすぐそこまで来ている気がした。風は少しずつ強くなっている。いつのまにかカモメの鳴き声もやんでいる。そろそろ帰ったほうがいいかもしれない。カンは坐ったまま身を乗り出して下を見ている。桟橋に打ち寄せる波が飛沫を上げている。頭の重さを考えないと海に落ちるぞ。あっ、と思ったときには、あの子の身体は水のなかにあった。海面に頭だけが浮かんでいる。立ち泳ぎのようなかっこうで口をパクパクしている。波に洗われた髪が顔を覆っているので表情はわからない。こういう場合でも、カンは声ひとつ上げない。わたしも普段は静かなほうだが、犬には吠えるという習性がある。必要なときにはその習性を使う。吠えて、吠えて、さらに吠えた。威嚇するような猛々しい声ではない。緊急事態を告げる切羽詰まった声だ。多少とも分別のある者なら何か起こったと思うはずだ。吠えながら走った。走りながら吠えた。人を呼ばなければならない。嗅覚、味覚、聴覚などの知覚面ですぐれているわたしたちだが、残念ながら海に落ちた子どもを救助する力はない。港の駐車場に停めてあった小型乗用車のドアが開いて、若い男が出てくるのが見えた。何かを察したらしい。こっちに向かって駆けてくる。脱いだ上着を途中で足元に投げ捨てた。桟橋の上ですれ違った。わたしには目もくれない。どうするつもりだ?端まで来た。その先は何もない。男はためらうことなく海に飛び込んだ。時報歌壇塩植田珠實病みつつも米寿の春を迎へたる妻にやはらか白玉雑煮石川県岩城康徳肩の雪払ふ仕草のなんとなく似て弟は父にかさなる呉市月原光政空豆を植える準備のひと鍬を大きくあげて下ろし耕す福山市藤井光子大根と柿の酢の物は母の味一人で作り一人で味わう玉野市藤京良用水仙をそっと撫でるとうれしい、ありがとういつもあなたを見ています宇佐市三好秋美屋根を越す白き山茶花目印に従兄弟のりんご今年も買いに名古屋市伊藤紘美折りあげて鶴のおなかに息を吹く幼き指のたしかな動きさいたま市昼間律子そばがら枕を作る久々に姉におそわりミシンを使い広島市金谷眞佐代見上げつつ甥の体重聞きたれば我の倍とは怖れいりたり江南市岡部達雄鈴なりの万両ついばむ小鳥来るシャッター音をものともせずに市川市小松富子感染の多き都市へと帰る婿日曜の夜単身赴任へ伊勢市久保絹代吹き寄せし枯葉の位置の定まりてあたりは闇に包まれてゆく甲賀市山田婦美子新しき年を迎へにまっすぐに一羽の鳥が東へと飛ぶ近江八幡市村井八郎霜を受け皮の剥けたる野沢菜を漸く洗ふ師走の今日を飯田市松尾浩子考え事している時はうわの空それを妻見て惚けたのかと神戸市足立國雄星冴ゆる今宵ボーボーと汽笛鳴りいまし今津は年あらたまる西宮市石黒由紀子かやぶきのひとり暮しの集落をやさしく包み萓の穂ゆれるふじみ野市酒井笑子新年も新型コロナ「おめでとう」マスクしながらそっと言うだけ大牟田市田辺広若者のじゃれ合い横目でちらり見て混ぜてほしいなあっち向いてホイ大阪市片野裕子我帰るふるさとふたつありにけりおぢばの里と田舎の町と京都市寺澤幸子今週の選者詠新年の葉書の歌をよみかす元気ですかと声をかけつつ【評】岩城さん能登半島から送られてくる岩城さんのお歌には、切ない詩情が漂っています。能登を詠まれ、そして近年は奥さまの介護のお歌。いずれにも静かな岩城さんの思いがあふれています。月原さん―わたくしが歌壇の担当になった当初から、完成された端正なお歌を毎月お送りくださっています。どのお歌もポエム。映像のように画面が浮かびくるのです。岩城さんのお歌が柔らかな線なら、月原さんはシャープな直線の世界を思わせます。藤井さん実直で明るいお歌。どのような歌材を詠まれても、その素直な明るさは秀でています。それは取りも直さず、「命」を飾らずに詠まれているからでしょう。藤原さん長らくお母さまのお歌を詠まれてきました。心のをそっと覗きながら、つぶやくような詠い方はすっと読み手の中に入ってきます。どうぞお歌を続けてくださいますよう。三好さん色鉛筆で絵を描いて葉書をお送りくださいます。ずいぶんたくさんの葉書。きっと思いがたくさん篭っているのでしょうね。いつも、亡きお母さまのこと、また季節のお花。三好さんはお話しておられるのです、お母さまとも、そのお花とも。投稿は無地のハガキに俳句3句、または短歌3首まで。お名前(ふりがな)、電話番号を記載のうえ、楷書でボールペンで書いてください。〒632-8686天理郵便局私書箱30号「時報俳壇」または「時報歌壇」係Eメールは[email 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