天理時報2021年1月1日号3面
伝統と技術を受け継ぎ遠目には無地だが、近づくと繊細な模様が浮かび上がる、江戸の粋が詰まった伝統技法・江戸小紋。廣瀬雄一(2歳・創祥分教会長後継者・東京都新宿区)は、廣瀬染工場の四代目。幼いころから工場に出入りし、匠の技〟を目の当たりにしてきた。40代が職人としてのピークとされるこの世界。「やるなら早いほうがいい」との祖父の言葉を受け、大学卒業後、修行の道に入った。ところが、主として着物に用いられる江戸小紋の需要は年々低下。仕事が減っていく状況に直面して、「次の時代へ残していくためには、まずは少しでも多くの人に生地の魅力を知ってもらわなければ」と危機感を抱いた。打開策は、江戸小紋の技法で染め上げるストールブランドの設立。たちまち評判となり、海外へ進出した。その後も現代的な柄を取り入れたり、パリで個展を開いたりと挑戦を続ける姿は、各種メディアでている。一方、信仰を最優先に考え、教会の月次祭には取引先に断りを入れ、おつとめに集中する。「職人としての可能性を考えたとき、ここからの10年が勝負。江戸小紋の美しさは、伝統の技法あってこそ。信仰も技術も、次の時代へ受け継ぐことが自分に与えられた使命だと思っている」染物職人の廣瀬さんは「挑戦することが、次の時代へと受け継ぐことにつながる」と語る滋賀県内の自営農家に“弟子入り”し、いまは後継者として農業に従事する和田広照(30歳・湖廣分教会教人・東近江市)。元々ものづくりに興味があり、自然好きも高じて、農業の道に飛び込んだ。ずぶの素人からのスタート。身に付けるべき知識や技術はあまりにも膨大で、一時は「農業に向いていない」と厳しい言葉をかけられたことも。生産物は米、野菜、花など幅広い。農学を修めた60代のベテランオーナーから手ほどきを受けつつ、現在は主に販売面を担当。「地域に密着した、顔の見えるサービスを提供したい」との思いから、あえてアナログなポスティング営業を選び、注文が入れば自ら配送する。また、お米の良さを伝えるために「ごはんソムリエ」の資格を取得。お米の魅力や血糖値の上昇を抑える食べ方などを付加価値として提供。販売業績は着実に伸びている。「作物は繊細。少しでも水の管理や除草を怠っただけで、出荷できなくなる。だからこそ、手間暇かけて作ったものを、お客様に認められたときの喜びはひとしお。一日でも早く、オーナから技術を吸収したい」農業の道に飛び込んだ和田さん。作物と日々、向き合う(右)埼玉県川口市の洋菓子店に勤める福島千鶴(2歳・瑞玉分教会教人)は、小学時代からパティシエを夢見てきた。高校卒業後、天理教校専修科を経て専門学校で製菓衛生師の資格を取得。現在は所属教会の御用をつとめながら、同店のパティシエとして働いている。「毎日同じものをたくさん作っていても、お客様が口にするのは一つ。すべての方々に幸せを提供できるよう、一つひとつに心を込めている」いかに均質な商品を作るかが、プロとしての腕の見せどころ。気温や湿度で変化する素材の状態を見極め、焼き具合などを細かく調整する。また、教会で毎月開催している「こども会」でも、料理スタッフとして腕を振るう。コロナ禍の現在も、定期的に子供たちにお菓子を届けているという。「見た目も楽しめるものなので、デコレーションの技術をさらに磨きたい。私の姿を見て、パティシエになりたいと夢を抱く子供たちもいる。少しでも、その後押しができれば」焼き上がった生地を丁寧に型取りする福島さん(左)苦しむ人に寄り添い大阪市の浅井綜合法律事務所で勤務する、弁護士の科埜貴広(3歳・攝東分教会ようぼく・大阪市)は、これまで離婚、相続、企業、医療、刑事など、約300件の弁護を担当してきた。両親の「人の役に立つ仕事に就いてほしい」という思いを受け、大阪大学法学部へ。司法試験に合格し、平成26年に弁護士登録した。ところが、依頼人の声に耳を傾ける中で、人間関係のこじれや〝騙し騙されの世界〟を目の当たりにし、一時は体重が8㌔も落ちた。そんなとき、教祖がどんな人にも母親のように心を尽くしてたすけられた姿が浮かび、何度も心を救われた。いまでは「どんな仕事も〝神様の御用〟」との思いで、依頼人とその家族の心のケアなどにも力を尽くしている。これまでの実績が認められ、今年はアメリカのコーネル大学で法律を学び、米国弁護士資格の取得を目指す。取得後は、世界の法律問題の多くに取り組めるようになるため、より幅広く複雑な案件も手がけられるという。「所属教会に寄せられる家庭の法律相談はもちろん、〝世界たすけ〟を目指すお道の信仰者として、国際的な問題にも柔軟に対応できる〝木綿のような弁護士〟になることが目標。これまでたくさんの方に支えられたことへの感謝を胸に、一人でも多くの方の〝おたすけ〟ができるよう、知識と技術を磨いていきたい」どんなトラブルにも対応できる木綿のような弁護士〟を目指す科埜さん「憩の家」で総合内科シニアレジデントとして勤める池田直子(28歳・近江光洋分教会ようぼく・天理市)「実家は田舎町で、大きな病院はなかったが、小さな病気やけがでも気軽に相談できるかかりつけ医がいた。誰にでも親身に寄り添う姿に憧れた」現在は、入院患者の受け持ちや救急外来、生活習慣病のケアなどに従事している。その中で、一人ひとりの状況に合わせた関わり方を常に模索しているという。「たとえば薬を飲んでくれない患者さんがいたとき、『きちんと飲んでくださいね』で終わらせるのではなく、その人の生活背景を丁寧に尋ねていくことで、薬を飲まない本当の理由が見えてくる」いつも心に余裕を持って仕事に臨めるよう、自身の体調管理にも気を配っている。大学で産業医学を学んでいたこともあり、将来は産業医となる道も視野に入れている。一人ひとりの健康を見守り、長期的な関係を築いていく点では、かかりつけ医に通ずるものがあると考えるからだ。「さらに経験を積み、小さなことでも安心して相談してもらえる医師を目指したい」池田さんにとっての医師像はかかりつけ医。患者と親身に向き合う日々だ(上)横浜市の公益施設で騎乗員兼厩舎作業員として勤める小山理恵(29歳・多摩濱分教会教人)は、幼いころから馬が好きで、帝京科学大学生命環境学部へ進んだ。その後、静岡県御殿場市の乗馬クラブで勤めたが、過労により体調を崩した。知人の勧めで志願した修養科では、周囲の人が本気でたすかりを願ってくれる中で教えの素晴らしさを実感し、「次は私が人をたすけたい」と思うようになったという。やがて、現在の職場に採用され、来館者が触れ合う馬の世話や調教補助を担当。その中で、「馬に触れているとき、生命の根底にある親神様のご守護を強く感じる。馬を心から信じきることで、馬は必ず応えてくれる。これは人間関係にも通じる」と話す。現在は仕事の傍ら、以前から憧れていたホースセラピーや馬のセカンドキャリアについても独自に学んでいる。「人や馬を通じて、真のたすかりに気づくことができた。馬と共に人だけをしていくことが一番の恩返しと考えている」人の心を癒やすホースセラピーに注目する小山さん(下)新春歌壇植田珠實異国にてコロナ感染終息を神に祈りて過ごす毎日アメリカ中幸子おほらけきぢばの初空コロナ禍の鬱をはらえと若水を汲む伊勢原市宇佐美正治手の平にふっと一息吹きこんで去年も今年も妻を看るかな石川県岩城康徳祈り込め短冊にうつす「おふでさき」目処は七百「コロナよ消えよ」東村山市加藤八重子コロナ禍に過ぎし日々なり新しき年の光はあまねく射し添ふ高槻市石田たまの先人の歩みし道に心しめ八首の歌書く初春の晨は八尾市伏田和子ありのままみな受けとめて穏やかに牛歩のごとくゆっくり生きる福山市藤井光子ばあちゃんへ孫の手作り眼鏡入れフェルト生地の温かき色横須賀市近藤イツ白足袋を通してみる神床の冷たさ請し初のておどり尼崎市藤井千年飲ん兵衛の息子がすっかり酒を絶ち百キロマラソンに挑む新年横浜市本藤豊子年の夫に挨拶「至らない妻でも今年もお願いします」豊岡市狩野よし子麻痺の身も心は神に添って生き難儀難渋ひながたに添う伊勢市久保眞二温かい言葉が生まれるかも知れぬ湯気たつお雑煮ふうふうしつつ天理市川北昭代夜のしじま祈りをこめて鶴を折る病みいる友の早き癒しを仙台市山谷文子お正月何を着るのと友が問う藍で揃えるマスクも長着も奈良市豊口千代子新春にわが娘と歩く散歩道たしかな歩み希望に満ちて天理市齋藤友伸夏さらに正月寂しさりながら神殿の門松初日を浴びむ橿原市神谷和美面会の自粛の続く病院に焙煎の香りふんわりただよう天理市伊狩順子さあ行こう神名を流す教友がひとりふたりと増える喜び堺市古川貴章仕舞い込んだ心も澄みてゆくようなしんと冷えゆく新年の朝笠間市石井真美神々に感謝忘れじ生かされて新たな誓い元旦祭に日立市高岡とみえ山里に歌をひびかせ販売車夫の好物バナナも買いぬ鳥取市西村節子落成後初めて挑む元旦祭檜の匂いが神殿に充つ北海道堀善道おさづけを取り次ぎくれし皆さまの言葉うれしく胸にきざみぬ堺市福山久美子水やりを乞わぬ柚子の実キウイの実神殿見上げ新春を待つ加東市小林留美子足腰のだいぶ弱りた我なれど子や孫歩むレールを敷かんふじみ野市酒井笑子わが干支の八度迎える新年を感謝とよろこびぢばに足向く大東市戸田義一日にちに不要不急のなかりせばそれでまず良し新年迎う天理市大谷和子干柿やふる里遠く幸いのるうからやからの笑顔懐かし町田市田林美智子初春の社交ダンス軽やかな八十五歳の父よ元気で天理市福島理津子新春選者詠あらたまの春の天地しづと祈りのこゑの降りてしやまず選者あいさつ明けましておめでとうございます。お健やかな新年を迎えられていることと存じます。昨年は心が騒ぎ、不安な日常を送られた方もいらしたのではないでしょうか。経験したことのない、コロナ禍での自粛生活のなか、われわれは新年を迎えることになりました。しかし、またそれは人とのつながりの大切さに気づいた時間でもありました。このようなときだからこそ、心を一層強く持ち、互いを思いやり、真直に前を見つめて生きていきたいとおもっております。歌を詠むことはそれぞれ自分の心の中を見つめることにもなり、それは裡なる力を養うことでもありましょう。どうぞ皆さまの毎日のかけがえの無い時間を、歌に詠んで、残していただきたいと思います。また明るいお顔の皆さまとお逢いできる日を楽しみにしております。どうぞご自愛くださいまして、佳き新年をお送りくださいますよう、お祈りしておます。