天理時報2020年12月20日号4面
天理スポーツ5年ぶり関西アベックV天理大ホッケー部男女天理大学ホッケー部男子は11月23日、大阪府茨木市の立命館OICフィールドで行われた「関西学生ホッケー秋季リーグ」決勝で立命館大学を下し、9季ぶりの優勝を果たした(写真)。1月、藤原千里キャプテン(4年)を中心に新チームが始動。ところが新型コロナウイルスの影響を受け、春季リーグをはじめとする公式戦が相次いで中止になり、部活動も自主練習のみとなった。半年後の9月からチーム練習が再開。同月に開幕する秋季リーグに向けて、パスなどの連携プレを強化した。また映像を使ったミーティングの時間を増やし、世界の強豪チームのゲームの組み立て方を研究した。迎えた秋季リーグ。Bプールで出場した同部は朝日大学を5-1、関西学院大学を5-0、甲南大学を15-0で下し、圧倒的な強さを発揮。プール戦を難なく制した。決勝の相手は、Aプール1位の立命館大学。序盤から激しい攻防が繰り広げられるなか、第1クオーター4分、細かくパスをつないで敵陣に攻め入ると、松島貴也選手(1年)のタッチシュートで先制。これで勢いに乗り、第2クオーター10分にも霧下義貴選手(4年)が追加点を決める。その後、1点を返されたものの、第4クオータに2点を追加して引き離し、4-1で勝利。9季ぶりに4回目の頂点に立った。なお、同大会の最優秀選手には霧下選手が、ベストイレブンに同部から6人の選手が選ばれた。一方、同部女子は、135日に行われた秋季リーグ決勝で立命館大と対戦して2-1で勝利。2季ぶり6回目の優勝に輝き、5年ぶりの”アベック優勝〟となった。多彩な攻撃で春高バレー”へ天理高バレーボール部男子天理高校バレーボール部男子は先ごろ、桜井市の芝運動公園総合体育館などで行われた「全日本バレーボール高校選手権大会」の奈良県予選に出場。3年連続8回目の優勝をつかみ取り、〝春高バレー”への出場を決めた。昨年、全国大会へ進んだものの、初戦敗退を喫した同部。雪辱を誓って再始動したチームには、全国経験者が多く残る。前・後衛が立体的に攻撃する、多彩なコンビネーションバレーが武器だ。チームを支えるのは、劣勢でも崩れない大黒柱の平井心キャプテン(3年)や、身長158秒のエースアタッカー・藤川佳大選手(同)1月に行われた県予選では、3試合をストレート勝ちで決勝へ進出していく。決勝の相手は、ライバルの添上高校。天理高は第1セットを先取して勢いに乗ると、第3、第4セットを制して優勝を決めた。山下貴弘監督(4歳)は、「チーム全員一丸となって日本一を目指す」と話している。個人・団体での活躍光る管内のレスリング部天理大学レスリング部の西川凌雅選手(2年)は先ごろ、大阪府堺市の金岡公園体育館で行われた「西日本学生レスリング新人選手権」男子フリースタイル96㌔級で優勝した。また同部は、12月5日から6日にかけて同会場で行われた「西日本学生レスリングリーグ戦秋季「大会」2部リーグで2位に入った。また、天理教校学園高校レスリング部は先ごろ、奈良県立大和広陵高校で行われた「全国高校選抜レスリング大会」奈良県予選に出場。準優勝し、来年1月23、42の両日に行われる近畿ブロック予選会への進出を決めした。個人対抗戦では、木下卓磨ファビアン選手(2年)が50㌔級で優勝。同大会最優秀選手にも選ばれ、近畿ブロック出場を決めた。五輪代表ならず天理大柔道部OB丸山城志郎選手天理大学柔道部OBの丸山城志郎選手(2歳・ミキハウス所属)は13日、東京・講道館で東京オリンピック柔道男子66㌔級の代表決定戦に臨み、惜しくも敗れた。ライバル阿部一二三三選手(2歳・パーク2所属)との一騎打ちとなった試合。所定の4分間で決着がつかず、ゴールデンスコア方式の延長戦へ。一進一退の激闘が20分に及ぶなか、阿部選手の仕掛けた「大内刈」が「技あり」と判定され、試合終了。丸山選手の五輪代表はならなかった。親里往来立て合う姿を学ぶために浄土真宗本願寺派の一行浄土真宗本願寺派の「ビ|ハーラ僧養成研修会」の一環で、先ごろ研修生ら6人が来訪した(写真)ビハーラ僧とは、医療や福祉の現場で、医師、看護師、介護士などと協力しながら、苦しみを抱える人に寄り添う臨床専門の僧侶。研修では、死生観や医療・生命倫理、病院・高齢者施設における臨床心理士の役割などについての講義や、医療・介護施設での実習などがプログラムに組み込まれており、今回は「宗教間「対話」枠の実習として天理を訪れた。2年前の第1回研修で親里を来訪した同派社会部厚東尚俊さん(4歳)は、「前回、初めて『憩の家』や養徳院を訪れた際に、スタッフの方々の温かさを感じた。今回の受講生にも、人に尽くす姿を含め、そういったところも学んでほし「い」と思いを語る。一行は、おやさとやかた南右第2棟で天理教の紹介ビデオを観賞。続いて村田|幸喜・社会福祉課長補佐による本部神殿の案内を受けた。この後、社会福祉課で本教のさまざまな社会福祉活動について説明を聞き、「翌日は「憩の家」白川分院や外来診療棟を見学した。受講生の一人、八幡真衣さん(7歳)は「人と人が立て合い、支え合う姿は、仏教で教えられている〝おかげさま”の心に通じると感じた。教祖の教えを根本に、さまざまな施設や、諸活動を展開している天理教の人々の実践には、説得力があると思った。いまの社会では、誰かのためにと思って行動できる人はなかなかいないが、それを喜びながらできるのは、素晴らしいことだと思う」と話していた。よろずの美の葉作家澤田瞳子右が左で左が右左利きの私は、物事の右左をよく間違える。小さい頃からあちらこちらで「お箸を持つぼう」と言われた時、自分一人、違う手を上げ続けたせいかもしれない。人から「そこを右に曲がって」と言われても、すぐに理解が追いつかず、「右とは自分が箸を持たないほうだな。つまりは、こっちだな」と熟考しないと行動に移せないのだ。最近は、この現象に「左右失認」(左右盲とも)という名前がつけられ、似た状況にある人が案外多いことが明らかになっている。ただ私の場合、実は小説を書くうえでも、この左右の概念に振り回されることがたびたびあ。る私が暮らす京都市は全部で十一の区に分割されているが、その中に左京区・右京区と呼ばれる区がある。現在の北を上にする地図で眺めると、左京区は市内東部――つまり地図の右側、右京区は市内西部、地図の左側に位置しており、地名と現象の不一致に当惑する。加えて現在の京都御所には天皇が儀式を行った殿舎・紫宸殿が、平安時代の故実に則って建てられているのだが、南の庭から紫宸殿を臨んで右手に植えられた樹木は「左近の桜」、左に植えられた樹木は「右近の橘」と呼ばれている。つまり現在の感覚からすれば、どちらも右と称するはずのものを左、左と称するはずのものを右と呼んでいるわけだ。それというのも平城京、平安京といった日本古代の都は、当時の中国の都市計画を参考にして作られた。そして中国では古来、夜空の一角にあって決して動かない北極星皇帝に、その周囲をぐるぐると回る星々を臣下にたとえ、皇帝とは常に北に位置するものという思想が存在した。そのため平城京でも平安京でも、天皇の住まいである宮城は街の北部に建てられ、天皇の御座所も南を臨むように作られた。そう、実は「右京」「左京」や「右近」「左近」と言った言葉はすべて、天皇が北から街を眺めた場合を想定しているわけだ。ただ現代の我々は、南から北を眺める形の地図に慣れているため、ややこしいことこの上ない。ちなみに平安時代の貴族社会では、「左」のほうが「右」よりも立場が上という概念があり、左大臣は右大臣より高官だと見なされていた。ただそれより時代が遡る紀元前2世紀頃の中国では、「左」は「右」に劣ると考えられており、組織内で降格されることを「左遷」と称するのも、こういった概念に由来を持つといわれている。物事の概念とは結局、時代や場所によって大きく覆るわけだ。そしてその理由を辿っていくと必ず、なるほど!と膝を打ちたくなる由来が隠れているが、それは時代の変遷とともに訪れる価値観の転換を探る行為でもあり、「あれ、この時代はどっちが右でどっちが左だっけ?」と自ら望んで迷子になることを意味する。おかげで私の左右盲は、まだ当分、治りそうにない。「天理美術展」中止のお知らせ新型コロナウイルスの感染状況と社会の現状に鑑み、立教184年1月24~26日の「天理美術展」を中止いたします。立教183年12月3日天理教文化委員会「憩の家」職員募集募集職種:看護師、助産師、診療放射線技師、薬剤師宗教から見た世界「悲嘆」を「希望」に変えるとき来年1月、米国第46代大統領に就任するジョー・バイデン氏は、J.F.ケネディ以来、二人目のカトリックの大統領となる。ケネディ家と同じくアイルランド系の出自を持つバイデン氏は、敬虔なカトリック信者として知られてきた。今日の米国社会の深刻な分断という現実を前に、ケネディの時代以上に、バイデン氏の政治信条を支える信仰信念が鍵を握ることになるかもしれない。バイデン氏は1972年から、オバマ政権の副大統領時代を含め、長きにわたって米国政治の中枢にいた人物である。実は上院に初当選したこの年、彼は最初の妻と幼娘を交通事故で亡くしている。さらに2015年には、政治家として彼の後継を期待されていた息子を、脳腫瘍で亡くしている。あるインタビューの中でバイデン氏は、こうした家族の悲劇を乗り越えられてきたのは、自らのカトリック信仰によるところが大きかったと語っている。「悲嘆」を「希望」に変える道は、信仰があったからこそ拓かれたのだと……。こうしたバイデン氏の信仰信念は、彼自身の家庭的な事情のみならず、彼の政治理念をも根底から支えるものでもある。先の勝利宣言の中で、バイデン氏は次のように語った。「すべてのものには時があります。建てるに時があり、収穫するに時があり、植えるに時があり、癒やすに時があります。今の米国は癒やす時なのです」旧約聖書「コヘレトの言葉」から引用されたこの一節は、信仰者としてのみならず、政治家としてのバイデン氏の一面をも照らす言葉である。選挙戦を通じて両陣営の対立が深まり、その結果は米国の分断の根深さをあらためて浮き彫りにした。こうした状況のなか、彼は国民を二分する敵対的な感情を癒やし、和解への険しい道のりを共に歩みだそうと呼びかけたのである。もちろん、政教分離を国是とする米国において、自らの信仰信念に基づき政策決定を行うことは強く戒められる。だが現実には、それらを厳密に分離することなど、おそらくは不可能だろう。むしろ、具体的な政策決定において、価値や規範の意義があまりにも蔑ろにされてきたこの4年間があったからこそ、「悲嘆」を「希望」に変えるといバイデン氏の言葉は、より一層輝きを増すのではないだろうか。(島田勝巳天理大学宗教学科教授)道友社の新刊書命知と天理青年実業家・松下幸之助は何を見たのか住原則也SumiharaNoriyaおやさま情景道友社編絵と文で味わう逸話のこころ、『稿本天理教教祖伝逸話篇」を4コマ絵本で身近に!