はしかの今昔 – 世相の奥
2023・8/16号を見る
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私は子どものころ、はしかにかかったことがある。三日ばしかとよばれる軽いものに一度、そして本格的なそれにも感染した。しかし、まわりからそれほど心配された記憶はない。だれでも、とりわけ子どもがよくおちいる病気だと、当時はみなされていた。
このごろは、そのはしかが、けっこうごたいそうにあつかわれだしている。いわく、感染力が強い。重症化して死にいたるケースもある。今年は5月になって、累計の患者数が7人になった、などと。
もう、新型コロナはおちついている。それで、外国人の入国規制をゆるめたために、こんどははしかが入ってきた。たいへんだ。そんな話も、テレビのワイドショーでは聞かされるようになっている。
だれでもかかるとされた私の少年時代は、いったいなんだったのだろう。昭和は野蛮な時代だったということなのか。気になったので、はしかの歴史を、かんたんにさぐってみた。
私は知らなかったが、21世紀の日本は、おおむねはしかを克服したらしい。1978年からは、無料のワクチン接種がはじまっている。2006年には、その効果も高められた。おかげで、はしかになる人は、年々へっていったという。
2015年には、1年間の感染者数を35人におさえることができた。しかも、それらはみな、海外からとどいたウイルスによる発病例だという。日本国内には、自生的な感染源がなかったらしい。
この年に、世界保健機関(WHO)は、日本へおすみつきをあたえている。すなわち、日本ははしかの排除に成功した。衛生的で安全な国になった、と。
そのいっぽうで、赤道付近の国々における猖獗ぶりも、報じられる。どこそこへの渡航は、はしかがこわいからひかえろとさとす医者もいる。私がそだったころの日本は、それらの国々につうじあう。不衛生な国だったんだなと、かみしめた。
さて、恋愛での痛手は、人を大きな苦悩へおいこむ。失恋で虚脱状態におちいる人は、少なくない。そんな人たちを、しばしば周囲はなぐさめた。恋愛なんて、はしかにかかったようなものだ。いずれは、なおる、と。少なくとも、私が若かったころは、よくこの比喩を聞かされた。はげましの文句だが、今は言いづらくなったような気もする。
井上章一・国際日本文化研究センター所長