三年千日 芽を吹く旬に – 視点
2024・1/31号を見る
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年が明け、教祖140年祭へ向かう三年千日の2年目を迎えた。元日に震災という大きな節もお見せいただいた。被災した方々が復興へと向かえるよう、心を通わせるとともに、親神様の厳しいお急き込みをしっかりと、かつ前向きな励ましとして受けとめたい。
教祖は、貧に落ちきる道中の嘉永6(1853)年、夫・善兵衞様が出直された後、母屋の取りこぼちに掛かられた。その際「これから、世界のふしんに掛る。祝うて下され」と、明るく前向きに受けとめられ、この年、こかん様が浪速の街へ神名を流しに赴かれ、翌7年からは、をびや許しを渡された。一家の大黒柱を失うという大節のとき、すべてを親神様に委ねて、たすけ一条に踏み出されたのである。
また、教祖年祭の元一日である明治20年には、官憲の迫害のなか、ご自身の身上を台に、つとめを急き込まれたうえで、現身をおかくしになった。当時の先人の身になって考えると、暗闇に包まれたように感じたことだろう。本教最大の大節である。
しかし先人は、悲しみの中も、教祖に教わった教え一つを頼りに懸命につとめを勤め、さづけを取り次ぎ、道を広め、私たちへとつないでくださった。節に遭った際に、神一条に徹し、たすけの道へ歩みだせば、苦難の状況が変わるだけでなく、陽気ぐらしに向かって大きく成人できることを、ひながたにお示しくださっている。
「おさしづ」に、ひながたを3年通るように諭され、「三年辛抱すれば、落ちようと思うても落ちられん。(中略)三年の道通れば、不自由しようにも、難儀しようにもしられやせん」(明治22年11月7日)とお聞かせくださる。
筆者自身の経験からも、三年千日を真剣に通れば、次の段階へと道が進む芽をお見せいただけると信じている。
現在、お互いの信仰の道は常に順風満帆とはいえず、それぞれに山坂の道もあるだろう。だが、この年祭活動の三年千日、ひながたに倣い、人をたすけて陽気ぐらしへ導く努力をひたすら重ねるとき、時間はかかっても、必ず節を通り抜け、成人するご守護を頂けると、先を楽しみに通りたい。
(松村義)