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「身体を苦しめて通るのやないで」――神様からの「かりもの」を大切に


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大阪の泉田藤吉(通称・熊吉)さんは、胃がんで命のないところをたすけられ、そのご恩返しにと、病む人を訪ねておたすけに回っていました。しかし、いくら熱心に通ってもなかなかご守護を頂けないことから、自分を用無き存在と思い詰め、ある日、お屋敷へ帰らせていただきました。教祖(天理教教祖中山みき様)は、膝の上で小さな皺紙を伸ばしておられ、「こんな皺紙でも、やんわり伸ばしたら、綺麗になって、又使えるのや。何一つ要らんというものはない」とお諭しくださいました
このお言葉を聞いた藤吉さんは喜び勇んで大阪へ戻り、一層熱心におたすけに回るようになりました。心が倒れかかると水ごりを取り、我とわが心を励ましました。厳寒の深夜、二時間ほども川に浸かり、堤に上がって身体が乾くまで北風に吹かれるということを三十日ほど続けました。また、ご守護を頂くためにはなんでも苦しまねばならん、ということを聞いていたので、橋杭につかまってひと晩じゅう川の水に浸かってから、おたすけに回ることもありました。
そんな、命懸けのおたすけをしていたある日。おぢばに帰って、教祖にお目にかからせていただくと、教祖は、「熊吉さん、この道は、身体を苦しめて通るのやないで」と仰せくださいました。この親心あふれるお言葉に、藤吉さんは、かりものの身体の尊さを身に染みて納得したのでした。
(『稿本天理教教祖伝逸話篇』六四「やんわり伸ばしたら」から)
私たちの身体は、この世と人間を創造された親なる神様からの「かりもの」と教えられます。そして、心だけが自分のものであり、その心通りに、親神様は、身の周りの一切をご守護くださいます。自分の身はどうなっても人にたすかってもらいたいという、その心は尊いものです。しかし、人をたすけるのは自分ではなく、親神様のお働きによってご守護が頂けるということを、教祖は、あらためてお教えくださったのでしょう。その後、藤吉さんは生涯を人だすけに捧げ、多くの人を救い、信仰へと導いたのです。

人をたすけるのは親神様であり、そのお働きによってご守護を頂けるのです。

※『稿本天理教教祖伝逸話篇』……信仰者一人ひとりに親心をかけ、導かれた教祖のお姿を彷彿させる二百篇の逸話が収められていて、教理の修得や心の治め方について学ぶことができます。


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