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心澄ませば真実が映る – あなたへの架け橋


渋沢栄一の転身

NHKの大河ドラマ『青天を衝け』を毎週、楽しみにしています。見逃したときは、以前に読んだ小説から想像を膨らませています。

主人公の渋沢栄一翁は「日本資本主義の父」といわれ、3年後には福沢諭吉に代わって1万円札の肖像画になることが決まっています。

経歴を見ると、渋沢翁は江戸時代末期に武蔵国榛沢郡血洗島(現在の埼玉県深谷市)の豪農の家に生まれました。

21歳のとき、社会への反発から江戸へ出て文武修行に励みます。一時は尊王攘夷を唱えて討幕運動にも関与しましたが、ある時期から一転、15代将軍・徳川慶喜に仕える身に。その後、幕府の命でフランスへ渡り、パリ万博の視察をはじめ、欧州で資本主義の神髄を目の当たりにします。この経験が、のちの人生に大きな影響を及ぼしました。

帰国後は一時、民間の経済人になりますが、請われて大蔵省の役人に転身。ところが4年後、政府の重鎮らと意見が対立して官僚を辞し、再び民間経済人となって、以後は第一国立銀行(現・みずほ銀行)を皮切りに、東京株式取引所(現・東京証券取引所)、日本鉄道などを次々と設立。生涯で実に500を超える企業の経営と育成に携わりました。

このように見ていくと、彼は人生の重要な局面で生き方を大きく変えていることが分かります。この転身の素早さと勇気は、どこからくるのでしょうか。

一つには、頭が柔軟で、この国を良くしたいという進歩的な気持ちが充溢していたからだと思います。そしてもう一つは、時代を見抜く眼力がずば抜けて優れていた。これが成功を収めた最大の要因ではないでしょうか。

「見抜く」というと堅苦しく感じますが、「察する」とか「感じる」と言い換えてもいいと思います。肉眼では見えず耳にも聞こえない、当時の社会に流れていた地下水脈をいち早く感じ取って行動を起こす。この洞察力と行動力が、日本の資本主義発展と近代化を短期間でなし遂げたことは間違いありません。まさに、お札の肖像画にふさわしい人物と言えるでしょう。

目に見えない心

イラストレーション:西村勝利

ところで、目に見えないものといえば、一番身近にあるのが人の心です。だから私たちは、言葉や文字を使って心に思うことを伝え合うのですが、それが思っていることのすべてではありません。むしろ、言葉や文字に表せない気持ちのほうが心の底にたくさんありますから、お互いに察したり感じ合ったりすることで、円満な関係が保てるのだと思います。

渋沢翁は、銀行や鉄道などの企業経営を手掛ける傍ら、東京養育院の運営など、社会福祉事業の発展にも大きく貢献しました。その根底には、母親の慈悲深い人間性が色濃く反映していたといわれます。彼は、人の心の奥底にある悲しみや苦しみを感じ取る能力にも長けていたのです。

さて、私たちの生活用品や食料品、衣料品など、多くの物にも、それを作る人、育てる人、運ぶ人たちの心が込められていると言えるのではないでしょうか。もちろん金銭にもです。つまり、生活するということは、物質や金銭だけでなく、その奥にある人の心、たとえば生産、流通、販売などに携わる人々の意思と心根によって支えられていることになります。

さらに言えば、自然界の営みや身体機能の裏側にも、目には見えない神様の思惑が働いています。神の思惑とは、人間がわが子を思う心と同じ。「幸せになってほしい」のひと言に尽きます。

肉眼には映らなくとも、心に映る世界は必ずあります。そして、心が澄めば澄むほど世界中の喜怒哀楽が心に映り、人は生きているのではなく、生かされていることに気づくのです。そこから湧き上がるのが、本当の感謝と慎みではないかと私は思います。

大河ドラマは、これから佳境に入っていきます。吉沢亮さん扮する渋沢栄一の、人の心と地下水脈を見抜く演技にも注目しながら見ていくと、一層楽しいかもしれません。


安藤正二郎(天理教本則武分教会長)
1959年生まれ