“あの日”の経験を次代に伝えて – 特別企画「阪神・淡路大震災」から30年
2025・1/29号を見る
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平成7年1月17日に発生した「阪神・淡路大震災」から30年の歳月が流れた。被災家屋64万棟に上る大災害に際し、本教では災害救援ひのきしん隊をはじめ多くの教友たちが救援活動に力を尽くした。現在、各地では震災の経験と教訓を次代へ伝える取り組みが進められている。こうしたなか、天理中学校(西浦三太校長)は17日、「防災教育講演とパネル展示」を実施。震災から3日後、管内の児童・生徒らが作ったおにぎり1万8千200個をヘリコプターで神戸へ空輸した元海上自衛官の横野正和さん(71歳)が講演するとともに、校舎内で当時の様子を伝えるパネル展示を行った。また同日、兵庫教区灘支部の有志が28回目となる「追悼雅楽演奏」を実施し、被災地で追悼の祈りを込めた楽の音を響かせた。ここでは、震災から30年を迎えた節目に、“あの日”の経験を次代に伝える二つの取り組みを紹介する。
被災者と自衛隊員を励ました
生徒発案の支援活動から学ぶ
天理中学校「防災教育講演とパネル展示」
30年前の震災発生の翌18日、天理中の生徒会の役員が職員室を訪れ、「給食のごはんの残りをおにぎりにして神戸に届けられませんか」と提案した。当時の教頭が「素晴らしい考えだ。でも、残りのごはんでは申し訳ないし、第一、量が少ないよね」と答えると、生徒は真剣なまなざしで、こう続けた。
「じゃあ、みんなで作って持ち寄れば届けられますか」「自衛隊のヘリコプターに来てもらえませんか」
生徒の純粋かつ具体的な提案を受け、臨時の職員会議が開かれた。その場で、当時の生徒会顧問を務めていた尾上雅弘教諭(64歳)が自衛隊に連絡。相談の末、緊急時における超法規的措置として、「1万個のおにぎりを空輸する」という自衛隊の“作戦”が展開されることになった。
翌19日、臨時の全校集会が開かれ、生徒会長が「明日、一人20個のおにぎりを持ってきてください」と呼びかけた。このとき、「調理日時を表記する」「ラップの上から握る」など、衛生面への配慮も徹底された。
おにぎり1万8千個
ヘリコプターによる“空輸作戦”
“作戦”当日の登校時刻。天理中には同校生徒が用意した約1万2千個のほか、天理小学校の児童や保護者、天理高校農事部、教庁、詰所などの関係者の協力もあって、最終的に1万8千200個のおにぎりが集まった。三つを1パックにしたおにぎりには、「寒いなか、大変でしょうが、頑張ってください」「早く家に戻れるといいですね」など、被災者と救援活動に当たるボランティアに向けたメッセージが添えられた。
予定の受け渡し時刻になると、海上自衛隊小松島基地航空隊のヘリコプター1番機が天理中のグラウンドに着陸。おにぎりの詰まった段ボール箱が次々と手渡しで積み込まれ、10分後に離陸。その後、ヘリコプター3機が次々に降り立ち、天理中の生徒らの思いのこもったおにぎりが託された。
ヘリコプター4機は約20分で神戸市の王子公園陸上競技場に到着し、物資は被災者に送り届けられた。この天理中と自衛隊の共同作戦の様子は、多数のメディアで取り上げられたほか、後日、天理中には「涙が出るほどうれしかったです」など、被災者からのお礼の手紙が次々と届いた。
「NEVER GIVE UP」が航空基地の合言葉に
“あの日”から30年が経った17日、天理中では“おにぎり空輸作戦”の際、ヘリコプターの1番機のパイロット(編隊長)を務めた横野さんを招き、「阪神・淡路大震災から30年 今の私たちにできることは」をテーマにした防災教育講演と、当時の活動写真などを用いたパネル展示が行われた。
講演の中で横野さんは、当時おにぎりとともに受け取った、自衛隊の隊員に宛てた8鉢のシクラメンと激励の手紙を紹介。「輸送任務を終えて、小松島航空基地に戻ると、天理中の生徒から手紙が届いた。読み上げられると、慌ただしい作戦室が初めて『シーン』と静まり返ったことをいまでも鮮明に記憶している」として、「一人でも多くの人を助けたいという生徒たちの思いが、その当時の隊員たちの力になった」と述べた。
また、手紙の最後に記された「NEVER GIVE UP」のメッセージが、以後の航空基地の合言葉になったとして、「隊員たちは災害派遣の出動を終えるまで、この言葉をデザインしたワッペンを飛行服に着けて任務を続けた」と振り返った。
この後、30年以内の発生確率が80%とされる南海トラフ地震に言及。横野さんは普段から備えることの重要性を説いたうえで、「防災に“特効薬”はない。阪神・淡路大震災から30年という節目に、いま一度、家族や身近な人と防災や備えについて話し合う機会をつくってほしい」と呼びかけた。
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講演を聞いた穴井誉己さん(1年)は「先輩たちの、被災者のために『自分に何ができるか』を考えて動く姿に感銘を受けた。天理中学校の生徒の一人として、これからも常に思いやりの心を持つことを大切にしたい」と話した。
講演終了後、横野さんは当時の天理中の生徒の支援活動をあらためて賞賛したうえで、「今回の講演では、そうした先輩の存在を、いまの生徒に知ってもらいたいという思いが第一にあった。人を思いやる優しい激励は、いまも私の心の支えになっている」とコメントした。
30年前の天理中の生徒発案による“おにぎり空輸作戦”の資料映像をご覧になれます
追悼の調べ響かせて
兵庫・灘支部「追悼雅楽演奏」
兵庫教区灘支部(志水日出彦支部長)は17日、神戸市内の各所で28回目となる「阪神・淡路大震災追悼雅楽演奏」を実施。教友有志17人が参加した。
あの日、地震による建物の倒壊や大規模火災によって、町全体が甚大な被害に見舞われた同支部。従来から少年会活動の一環として雅楽の講習会を長年続け、管内に雅楽の経験者が多くいたことから、旭誠治・美信分教会長(68歳)が雅楽による「追悼演奏」を企画。肉親や知人の出直しを経験した教友たちが賛同し、「出直された人たちのために何かさせてもらおう」と、震災から3年が経った平成10年1月17日、第1回「追悼演奏」を実施した。
以来、28年にわたり毎年実施するなか、近年は震災当時の記憶がない若い世代も参加しているという。
当日は、教服姿の教友たちが、神戸市灘区の六甲風の郷公園と灘区民ホール、西灘公園の3カ所にある犠牲者の名前が刻まれた慰霊碑や、鎮魂歌が刻まれた石碑の前で、管絃『五常楽急』『陪臚』を演奏。また『越殿楽』を奏でながら次の演奏場所まで練り歩く「道楽」も行われ、神戸の町で荘厳な雅楽の調べを響かせた。
(兵庫・阪本社友情報提供)