忍び寄る“核の影” – グローバルアイ16
ウクライナの戦いが始まってすでに半年。われわれにとって「プーチンの戦争」の最も苦い教訓は何か――そう問われれば、迷わず「21世紀のいまも人類は、核戦争の脅威のただなかにいる現実を突きつけられたことだ」と答えたい。
米ソの冷戦が終わった30年余り前、人々は核戦争の恐怖から遂に解き放たれたという安堵の感情に酔いしれた。長距離核の刃を互いに突き付けて対峙する米国の政治統帥部で取材していた筆者も、そんなひとりだった。
だが、ウクライナへの侵攻を指揮したプーチン大統領が真っ先に制圧を命じたのは、原子力発電所の施設群だった。独裁者は、右手を核ミサイルのボタンにかけ、左手には原発を手中にし、西側世界に脅しをかけ続けている。欧州最大規模のザポリージャ原発にはいま砲弾が撃ち込まれている。一連の攻撃で電源が断たれれば、核燃料を冷却している装置が動かなくなり、フクシマ原発のような惨事が起きてしまう。ウクライナ側は予備電源を急遽作動させて最悪の危機を回避したとしているが、双方が相手側の攻撃だと主張している。
こうしたさなか、国連本部で開かれたNPT(核拡散防止条約)の再検討会議は、ザポリージャ原発をウクライナ側の管理に戻すよう求める旨を文書に盛り込もうとした。だが、これにロシア側が激しく反発し、最終文書を採択できないまま閉幕せざるを得なかった。今回のNPT会議では、中国とロシアに配慮して「核の先制不使用」を求める表現を削除して最終文書を取りまとめるよう譲歩を重ねた。だが、核を持たない国々の非力さだけが浮き彫りになってしまった。
NPT条約の基本理念は、米・英・仏・中・ロの5か国に核保有の独占を認める代わりに核保有国には核軍縮を求めることにあった。だが、核保有国は、インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮などへ広がり、中国は長距離核ミサイルの増強に乗りだしているのが実態だ。NPT体制の推進を基軸に据えてきた日本外交は明らかに暗礁に乗り上げている。核を持たない国々を束ねるニッポンの役割が今こそ求められている。