民の力、いまこそ – 手嶋龍一のグローバルアイ3
コロナ禍に遭遇したニッポンは、国家システムを十分に機能させ立ち向かっていない――前回のコラムで、そう指摘した。欧米の先進国にはいま、コロナ・ワクチンが大量に溢れつつある。米英両国は、途上国向けにワクチンを提供するとG7でも表明し、中国に負けじとワクチン外交を繰り広げている。米国の首都ワシントン郊外に住む医師の友人から「訪米できるなら最も安全なワクチンを打ってあげよう」と連絡をもらった。ワクチンの接種率が上がるにつれて全米の街々には安堵感が拡がっているという。
コロナという新たな戦争に勝つにはワクチンこそ決め手――米国はそう判断し、官民を挙げて迅速に動いた。それが功を奏したのだろう。コロナという未知の感染症と闘うための社会システム、具体的には医学、公衆衛生、医薬品開発の基礎体力を蓄えていたことが米国を優位に立たせている。新型コロナウイルスが広がるや、ワクチンの開発・製造そして接種体制の整備に持てる力のすべてを傾注した。その結果、米国経済は急速に回復し、いまやコロナ禍前の水準に景気は回復しつつある。
われわれニッポンも、世界に冠たる経済力を持ち、国民皆保険制度を誇っていたはずだ。だが、ここまで立ち遅れてしまったのは一体どうしたことだろう。民間の側も、政治のリーダーシップに頼るだけでなく、自分たちが持つ潜在力を信じてワクチン接種に主体的に取り組むべきではなかったのか。
中央政府の役割はいうまでもなく重い。海外からワクチンを調達し、使用に認可を与える。国家は大方針さえ迅速に決めれば、あとは思いきって民間に実施を委ねるべきだったと思う。各地の民間施設や工場には広大な建物や敷地があり、産業医や医療スタッフもいる。むろん、それらの施設で接種のすべてを担えるわけではない。だが、民間が新型コロナウイルスとの闘いを先導していれば、初動の段階でワクチン接種の実施率もぐんと上がったはずだ。途上国にも劣後する100位前後という事態は避けられたと思う。ニッポンの草の根には、難事をやり抜く力が秘められていると信じたい。
手嶋龍一
外交ジャーナリスト・作家。NHKワシントン支局長として9・11テロ事件の連続中継を担当。代表作に『ウルトラ・ダラー』『スギハラ・サバイバル』、『外交敗戦』、最新作に『鳴かずのカッコウ』など多数。