真の政治指導者とは – 手嶋龍一のグローバルアイ7
政治指導者の見立てほど難しいものはない。たとえ権力の絶頂にあって国民から熱狂的に支持されていても、時が過ぎてみると誰にも顧みられないひともいる。政治のリーダーを選ぶ側も、選ばれる側も、やがて歴史の厳しい審判を受けることを覚悟すべきだろう。
外交ジャーナリストとして内外の幾多の政治家と接してきたが、現役の間は不人気だったが、退陣してみると次第に評価が高まっていったひともいる。統一ドイツの宰相だったヘルムート・コール氏はその典型だろう。このひとは洒落た演説をするわけでも、派手な外交を繰り広げたわけでもない。だが、国家の行方を決める大きな判断では決して誤らなかった。東西ドイツの統一は迅速に進めるべきだと譲らず、欧州の統一通貨「ユーロ」の導入の是非は決して国民投票に委ねないと頑固一徹だった。
遊説先で「ユーロ」反対を叫ぶ農民から演壇めがけてトマトを投げつけられたことがあった。筆者はその現場に居合わせたのだが、コール首相は瞬きひとつしなかった。豪胆なのか、それとも鈍感なのか。それさえ判断がつきかねる巨漢の政治家だった。重要演説を終えて自席に戻るとポテトチップスをむしゃむしゃと食べるようなひとであった。
アンゲラ・メルケル首相は、いまは亡きコール氏の党を引き継いで16年、いまようやく退陣する。彼女については後世の審判を待つまでもなく、欧州での評価はかなり低いといっていい。外交・通商面では中国にすり寄り、その見返りに強権的な体制を見逃してきたからだ。経済面では年金改革のような大衆に不人気な政策には手をつけようとしなかった。
メルケル氏の退陣表明を受けて総選挙が行われたが、どの党も過半数を得られなかった。どうやら「信号連立」――党のシンボルカラーで赤の社民党、黄色の自民党、グリーンの緑の党が連立を組み、社民党のショルツ氏が次期首相となる可能性が高まっている。不人気に耐えても次の時代の扉を開く政治リーダーであってほしい。
手嶋龍一
外交ジャーナリスト・作家。NHKワシントン支局長として9・11テロ事件の連続中継を担当。代表作に『ウルトラ・ダラー』『スギハラ・サバイバル』、『外交敗戦』、最新作に『鳴かずのカッコウ』など多数。