足しげく教祖のもとへ 親心の重みを受けとめ – 逸話の季
10月です。快晴の日には、空がとても高く感じます。
よく「桃栗三年、柿八年」といいますが、わが家でも同じころに植えた木が、ことわざの通りにそれぞれ実をつけるようになりました。いまの時季に食卓を彩るのは栗ですが、この夏は18年目の梨の木に初めて小さな実がなって驚きました。決しておいしいとは言えませんが、普通に食べられることに感動しました。しっかり植えた木は、いつか必ず実を結びます。
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明治17年10月、土佐卯之助は33名の団参をつくっておぢばへ帰りました。教祖にお目通りした一同が退出しようとしたとき、教祖は土佐をお呼び止めになり、柿の皮を自らむいて二つに割り、半分を土佐に下され、ご自身はもう半分をおいしそうに召し上がられました。次々と柿を頂いた土佐が、宿で待つ人々のために最後の一切れを懐紙に包もうとすると、教祖は土佐の両の掌に一杯、両の袂にも一杯、柿を入れるように指図されます。こうして土佐は重たいほどの柿を頂戴しました。
(『稿本天理教教祖伝逸話篇』「一五〇 柿」)
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おぢばへ帰ってきた人々を喜ばせてやりたいという教祖の親心を深く感じる逸話です。両の掌と両の袂一杯になった柿の重みを、土佐卯之助はどのように受けとめたのでしょうか。人の心や気持ちに具体的な重さはありません。しかし、このとき土佐の両腕にしっかりと感じた柿の重みには、どんな言葉や態度よりも教祖の温かい親心をはっきりと感じたはずです。
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教祖から頂いたのは、絵に描いた柿ではなくて、両腕に重さを感じるおいしい柿の実でした。教祖の親心に実際の重みがあるがゆえに、それに応える側も実のある行動を心がけるでしょう。このとき、両手一杯に教祖の親心を受け取った土佐卯之助は、撫養大教会初代会長として、お道の歴史に大きな足跡を残します。
あとに続く私たちも、教祖の親心をしっかり受けとめ、実のある信仰を、より広く世界の人々へ届けたいものです。
文=岡田正彦