過去に感謝し未来をつくる – 日本史コンシェルジュ
宝暦13(1763)年5月25日、伊勢松坂の新上屋という宿屋で、賀茂真淵と本居宣長は運命的な出逢いを果たしました。これは、二人の人生において大きな出来事であっただけでなく、国学の正統な系譜が継承されたという点において、歴史上きわめて重要な意味を持ちます。
前回、私はこの「松坂の一夜」と呼ばれる二人の出逢いの物語をご紹介しましたが、真淵と宣長が共に、それぞれの弟子に伝えていた言葉があります。
その言葉とは「師の説になづまざること」。
意訳すると、こうなります。
「自分が心から尊敬する師匠が唱えたからといって、その説に無条件に従ってはならない。たとえ師の説であったとしても、自分が研究しておかしいと思ったら、きちんと訂正しなさい」
この言葉の裏には、二人の熱い思いが込められています。真淵も宣長も、おそらく後から生まれてくる者の可能性を信じていたのです。弟子が自分を超えていくことを。そして、その優れた弟子もまた、後世の人間に超えられていくことを。
本居宣長にとって賀茂真淵は、どれだけ感謝しても足りないほどの恩人でしたが、同時に、過去の人でもあるのです。「過去の人」とするのが自分の務めだし、やがて自分も「過去の人」となっていかなければならない。その覚悟を自分に課し、「だから、おまえたちも頑張るんだぞ!」という心からのエールを、弟子たちに送ったのですね。
私は時々考えます。人間の幸せって、何が決めるんだろう、と。いま何不自由ない暮らしを送っていても、幸せを感じない人がいる一方で、客観的には大変な状況でも、笑顔で幸せそうに日々を送っている人もいます。
現在の状況が決め手でないとすれば、何が人の幸せを決めるのでしょう? きっと、それは「未来に希望を持てるか否か」で決まるのではないでしょうか。つまり現状のいかんにかかわらず、未来に希望を持てない人は不幸であり、未来に希望を見いだせる人は幸せなのです。
では、どうしたら未来に希望を持てるのでしょうか? 未来への希望は、過去への感謝から生まれます。過去に感謝し、未来に希望の光を見いだした賀茂真淵と本居宣長。この二人の出逢いの物語を知ると、私たちも未来を信じたくなりますね。