おやのことば・おやのこころ(2022年2月16日号)
どうでもしん/\゛するならバ
「みかぐらうた」五下り目
かうをむすぼやないかいな

一昨年、自教会の会長就任を前に、境内地の整備に掛かったときのことです。駐車スペースを拡張するために植木の一部を撤去したところ、掘り返した根の下から、古びたレンガが規則正しく並んだ状態で出てきました。形状からして何かの洗い場のような造りですが、父に尋ねても心当たりはありません。
ふと、昭和の初めに神殿が建築された当時、この辺り一帯はレンコン畑だったという話を思い出しました。わが家の信仰初代に当たる曽祖父母は、大正の終わりごろから福岡の地で布教に励み、教会設立の翌年に土地を買い求めて神殿普請に掛かります。「なぜこんな畑の真ん中に建てるのか」との信者さんの声に、曽祖父母は「そのうち、この辺りにも人がたくさん住むようになる」と話したそうです。もしかすると、植木があった辺りは、もともとは収穫したレンコンを洗う場所だったのかもしれません。
曽祖父母の言葉の通り、いまや教会周辺には高層マンションが立ち並び、目の前の通りを毎日多くの人が行き交っています。その先見性もさることながら、住み慣れた地を離れて新天地に信仰拠点を築こうと奔走し、教会設立を願い出た初代、その背中に導かれて教会へ足を運び続けた先輩方の歩みがあるからこそ、いまの教会や私たちの姿があるということを、会長交代の節目の旬に、あらためて胸に刻むことができました。
(榊)