病だけでなく人を診る – 心に効くおはなし
医者が病人を診て病名を診断すると、コンピューターのように治療の“答え”が出ると思うのは間違いです。病名を診断することは医者の大切な仕事の一つですが、病気になっている患者さんの事情は千差万別ですから。
薬をもらっても素直に飲めない人。入院しなければならなくてもできない人。安静にしなければいけなくても時間がない人。看病を必要としていても家族のいない人……。治療の“答え”は出ても、理屈通りに実行できないことはよくあります。
医者には、医学の理屈と実際の事情との間をうまく取り持つ人間くさい仕事があるのです。なんとか理屈通りの治療を受けてもらい、治っていただきたいと願うとき、“おたすけの志”が心の支えとなるのです。
先輩医師がよく「患者さんのニーズに寄り添う医療」と言っていました。患者さんが療養するうえで望んでおられる思いに、できるだけ寄り添うことだという意味です。
特に、お年寄りの病気は、すっかり良くなることが望めない場合が多々あります。たとえ病気が治っても、残りの人生が生き生きと楽しいものでなければ意味がないと思う人がいます。
一方で、どんなに窮屈でも命を永らえられるならばよいという人も。それぞれの患者さんが望まれる療養生活を、できるだけ叶えること。それが医者の力量なのだと、先輩医師の話を聞いて、私は納得したのです。