鮮やかな紅葉を前に 運命が切り替わる体験 – 逸話の季
11月は「霜月」と呼ばれます。本来は旧暦11月の異称ですが、陽暦でも霜月と呼称するようになりました。
この月は、冬に向かう季節の変わり目であるばかりでなく、豊かな秋の味覚を楽しめる季節でもあります。毎年、新酒ワインのボジョレーヌーヴォーが解禁されるのも11月です。霜月の語源の一つは「食物月」ともいわれますが、この時季に五穀豊穣を感謝した古人の感性は、現代にも息づいているようです。
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明治16年11月(陰暦10月)、御休息所の落成の際に、お屋敷に滞在していた梅谷四郎兵衞は、大阪へ帰る前夜に夢を見ます。それは、教祖から突然に赤衣を頂戴する夢でした。
次の朝、夢のことを考えていた四郎兵衞のもとに赤衣が届けられ、「これは、明心組の講社のめどに」との教祖のお言葉が伝えられます。前夜の夢との不思議な一致に驚いていると、さらに夢と符節を合わすように、教祖から子供たちへ着物や餅を賜ります。夢の内容と思い合わせ、四郎兵衞は忘れられない強い感激を覚えたのです。
(『稿本天理教教祖伝逸話篇』「一二六 講社のめどに」)
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『稿本天理教教祖伝』には、この逸話の前夜に、刻限を待って、御休息所へ移られた教祖のご様子が詳しく記されています。真夜中、提灯の光に照らされながら、静かに歩みを進められる教祖の厳かなお姿は、集まった人々に深い感銘を与えました。
梅谷四郎兵衞が教祖の夢を見たのは、この夜のことです。瞼に焼きつけた教祖のお渡りの情景が色褪せないうちに、夢と符節を合わせた出来事を経験し、四郎兵衞はより一層信心を深めていくことになりました。
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夢の中の出来事は、当然のことですが、事実ではありません。しかし、夢で話した言葉や目にした光景が、ずっとあとになっても心に残っていることがあります。初めて訪れた土地の景色が、子供のころに見た夢の光景と重なることもあるでしょう。客観的な出来事よりも主観的な経験が、しばしば人生行路を大きく変えることがあります。信仰によって運命が切り替わるのは、むしろこういう瞬間なのかもしれません。
■文=岡田正彦