世界宗教を生んだ聖なる地はいま – 手嶋龍一のグローバルアイ29
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ユダヤ教、キリスト教、イスラム教が誕生した中東の沙漠ではいま、悲惨な戦いが繰り広げられている。9・11同時多発テロに見舞われて以来、世界は最も深刻な危機のなかにあると云っていい。ユダヤの民は父祖の地を逐われて3千年、国家を持たないまま各地を彷徨ってきた。その苦難の旅は旧約聖書の「出エジプト記」に刻まれている。中世に入ってもユダヤの民は迫害を受け続け、先の大戦ではナチス・ドイツによって絶滅収容所に送られ幾多の人命が喪われた。
ドイツだけでなく、かつて迫害に関わった多くの国々に深い贖罪の意識があったのだろう。国際社会はユダヤ民族に約束の地“パレスチナ”を与え、1948年にはイスラエル国家が誕生する。だが、パレスチナには先住のイスラム教徒が暮らしていた。周辺のアラブ諸国はイスラエル建国に抗ってイスラエルとの戦争が勃発する。中東での戦争は四次に及び、米国はじめ各国の仲介で和平交渉が繰り返された。だが、いまだにイスラエルとパレスチナの真の共存は実現せず、紛争は却って激化し、第5次中東戦争の瀬戸際にある。
パレスチナ自治区ガザに実効支配するハマスは、絶望の果てにイスラエルへ奇襲を試みた。アラブの盟主サウジアラビアがイランと国交を結び、イスラエルとも外交関係を樹立する構えだったからだ。パレスチナはやがて見捨てられる――、ハマスは残虐な蜂起に駆り立てられていった。最強硬派のネタニヤフ政権は全面報復の構えを崩さず、憎悪と報復の連鎖がとまらない。カタールやエジプトは、戦闘の一時停止や人道援助は仲介できても、本格的な停戦交渉を担うことはできずにいる。
翻ってニッポンは、中東に負の歴史的遺産がない。ガザの戦場に身を置いて医療活動を続けている日本の人々もいる。一方で、かつて杉原千畝という外交官が6千人のユダヤ難民を救い、その勇気ある行動はパレスチナの人々も認めている。世界有数の経済大国にしてG7の議長国であるニッポンは、いまこそ、こうした人道上の資産を活かして、停戦に向けた行動を起こすべきだろう。情勢は錯綜しているが、ニッポンには秘めた力があると信じたい。