抑制か挑発か – 世相の奥
2023・11/29号を見る
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阪神タイガースが優勝した。セ・リーグのペナントレースのみならず、日本シリーズも勝ちきっている。38年ぶりの快挙である。私もふくめ、ファンには待望の一瞬だったと言うしかない。
テレビの画面は、歓喜にわくひいき筋の姿をうつしだした。見ていて、以前とくらべ、みな規律正しくなったなと思う。38年前には、街頭で羽目をはずす者も、少なからずいた。路上の自動車を、ひっくりかえす。商店のショーウインドーをたたきやぶる。シャッターをこわす。しかし、今年はそういう暴徒の話が、まったく聞こえてこない。
かつての阪神ファンには、自制のきかない者も、けっこういた。たとえば、阪神電車の車内である。甲子園球場からかえるファンは勝った日、吊り広告の紙をやぶり、紙吹雪をまきちらした。負けた日は、……書くのをやめよう。とにかく、目にあまる狼藉をはたらいた。だが、もうそういうフーリガンめいた人は、まず見かけない。
警察の監視が、強化されたせいもあろう。そう言えば、道頓堀あたりには警備の人たちが、おおぜい動員されていた。とりわけ、戎橋では、鉄壁と言っていいような警戒体制がしかれたようである。あれでは、さわぎたいファンも、自粛せざるをえなかったということなのかもしれない。
かつては、あの橋からすてばちなダイビングを敢行する者が、続出した。しかし、このごろは、当局がそういう振舞いをおさえこみにかかっている。橋じたいも、飛び込みができにくいように改装されたらしい。
そんな戎橋へ、関西のテレビ各局は多くの撮影スタッフをおくりこんでいた。カメラマンやレポーターらを配置させている。そして、阪神優勝の予定日が近づいたころから、ワイドショーなどでうつしだした。騒乱の前夜祭めいた気配を、つたえたのである。
番組の多くは、阪神ファンに自重をうながしていたと思う。くれぐれも、軽はずみな行動をおこさないようにと、口では言いながら。しかし、本音では彼らのダイビングをあおっていただろう。あわよくば、身投げの瞬間を収録し、放映したいと思っていたにちがいない。
何人かのむこうみずな人たちは、じっさいに投身を決行した。テレビ側には、それで胸をなでおろす部分もあったと、邪推する。
井上章一・国際日本文化研究センター所長