“ワグネルの叛乱”の波紋 – 手嶋龍一のグローバルアイ27
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「もう一つのロシア軍」と呼ばれる民間の軍事組織ワグネル。受刑者や外国の傭兵を集めた特異なこの軍隊を率いるプリゴジンが叛乱を起こしたのは6月23日。筆者は取材で欧州に滞在中だったが、日本のメディアは総じて「プーチン政権に痛打」と報じていた。だが、英国「フィナンシャル・タイムズ」はプーチンの政権基盤が直ちに揺らぐという見方には与しなかった。叛乱の首謀者は隣国ベラルーシに身柄を寄せ、その後、プーチン大統領と面談して寄りを戻したと伝えられた。
だが、プーチンという独裁者は裏切り者を決して許そうとしなかった。プリゴジンのプライベート・ジェット機が8月23日に爆破され、乗員・乗客10人が死亡。公安当局はDNA鑑定から本人が乗っていたと断定した。冷却装置を修理した際、爆発物を仕掛けられた疑いが濃い。「プーチンの意向が見え隠れしている」と英情報筋は見ている。
“ワグネルの叛乱”を鎮圧したことで、プリゴジン派の残党やワグネルに近いロシア軍幹部は一掃されつつあり、プーチンの統制力は一時的には強まるだろう。その一方で、激戦が続く最前線で危険な任務を担ってくれる傭兵部隊はもはや存在しない。ロシア、ウクライナ双方に残されている当座の持ち時間は2カ月足らずだ。じきに冬将軍が訪れれば、戦場はぬかるみで身動きが取れなくなる。ゼレンスキー率いるウクライナ軍は攻勢に転じると強気だが、残された時間は限られている。
いまウクライナ側が目立った戦果を挙げなければ、米国からの支援が先細りになる心配がある。トランプ陣営はウクライナ支援に疑問の声をあげている。ウクライナ軍がまずドンバス地方を掌握し、有利な地歩を固めてその後に和平交渉を これがバイデン政権が描くシナリオだ。
だが、こうした米国側の思惑通りに事態が進む保証はない。ウクライナ軍はドンバスなど東部戦線での戦いを有利に進めようと、クリミア半島に上陸の構えを見せ、無人機で拠点を攻撃している。だが“プーチンの聖域”を攻略すれば、小型核による反撃という最悪のシナリオが浮上してくるだろう。