信仰の元一日を知り、いんねんを見つめる – おやのことば・おやのこころ
2026年6月20日
おやのことば・おやのこころ 七ッ なか/\このたびいちれつに
「みかぐらうた」九下り目
しつかりしあんをせにやならん
山滴る季節となりました。瑞々しい山並みを車窓に眺めながら、おぢばへ向かう道中は、どこか心まで晴れやかになります。
このたび、おさづけの理の拝戴を願い出た若者と共に、おぢばへ帰らせていただきました。同乗したのは、小さいころから彼女を見守ってきた筆者の母。車が走り出すと、自然と昔話に花が咲きました。
彼女は曾祖母からの信仰を受け継ぐ4代目です。初代の方とも歩みを共にしてきた母は、親々がお道に引き寄せられたころの話を懐かしそうに語っていました。
道中、ふと思ったことがあります。もし筆者一人だけの付き添いだったなら、どんな話をしただろうかと。鼓笛隊のスタッフとして頑張る彼女の思いや、いま描いている夢については聞けたとしても、信仰の元一日にまで話は及ばなかったかもしれません。
自分が、なぜ信仰するようになったのか。親々がどんなたすけを頂き、どんな思いでお道を歩んできたのか――。その元を知ることは、自分自身のいんねんを見つめることにもつながり、人生を思案するときの大切な支えになると思うのです。
おさづけの理を拝戴した彼女は「自分にできることをして、周りの人に喜んでもらいたいです」と、晴れやかな笑顔を見せてくれました。その横顔を眺めながら、親から子へ、またその先へと、信仰の温もりは受け継がれていくのだと、しみじみ感じました。
(大西)











