米軍首脳“反トランプの乱” – 手嶋龍一のグローバルアイ28
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アメリカ東海岸にある大学の研究所で、米軍の上級将校と1年間を共に過ごしたことがある。欧州やアジアから参加した「フェロー」と呼ばれる研究仲間とは、いまも交流が続いている。折々の国際情勢を巡って忌憚のない意見を交わすのだが、欧州勢が当時のブッシュ大統領のイラク攻撃を鋭く批判したことがあった。
「あなた方の批判は自由だが、自分は最高司令官たる大統領の命令で死地に赴く任務に就いている。その人が愚かであるような議論は到底受け入れられない」
空軍の将官は、そう発言して席を立っていった。戦後、絶えて干戈を交えたことのないニッポンに暮らす者には忘れ難い光景だった。アメリカの大統領は、将兵の命を預かる存在なのだと思い知らされた。
陸・海・空・海兵を率いるミリー統合参謀本部議長は先月末の退任式に臨み「我々は独裁者になりたいという者に誓いを立てたりしない」と異例のスピーチを行った。「独裁者」とはトランプ氏であり、当時のトランプ大統領は政権末期に中国と密かに接触し、関係改善を図ろうとしたと議会の公聴会で批判した。アフガンやイラクの戦線で部隊の指揮に当たったミリー将軍は、トランプ氏が大統領の座に返り咲くなら、将兵は彼の命令に従うまいと公言したのだった。制服組トップのこの発言は、まさしく軍の叛乱にほかならない。
当のトランプ氏は、共和党の大統領候補の指名争いで2位のデサンティス・フロリダ州知事を大きく引き離して首位を走っている。この情勢が変わらなければ、本選挙では民主党の現職、バイデン大統領と一騎打ちとなる可能性がある。暴徒に米議会を占拠するよう唆した罪などで起訴されているトランプ氏が、米国大統領の座に返り咲く事態が現実味を帯び始めていると言っていい。だが、異形の政治指導者が再びホワイトハウスに入れば、米軍の将兵のなかには最高司令官の命令に抗う者が出てくるかもしれない。そんな事態になれば、超大国の威信が大きく揺らぐだけではない。現下のウクライナ戦争だけでなく、台湾海峡の有事にも大きな影を落とすことになるだろう。