血を流す、汗を流す、カネを出す – 手嶋龍一のグローバルアイ30
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あの日の屈辱はいまも忘れられない。「自由の回復に手を貸してくれた国々よ、有難う」。ワシントン郊外の自宅に配達されたニューヨーク・タイムズ紙にはクウェート政府のメッセージが大きく掲載されていた。だが、感謝を捧げた国々のリストにニッポンの名は見当たらなかった。イラクのサダム・フセイン軍の脅威に直面したサウジアラビアを除けば、日本政府は140億ドルにのぼる最多の湾岸戦争の戦費を負担しながら、その貢献は少しも評価されなかった。
血を流す、汗を流す、カネを出す。戦乱に臨んでそれぞれの国には三つの手段がある。1991年の湾岸戦争に際して、日本は実戦部隊を派遣することはもとより、国連の平和維持活動に自衛隊を派遣する法的な備えすら持ち合わせていなかった。それゆえ緊急の増税法案を通して巨額の戦費を賄わなければならなかった。だが、極東の経済大国は中東の石油に最も依存しながら、血も汗も流さず、全てをカネで済ますのかという非難の声に晒されたのだった。
あの屈辱から30年余り、いまでは紅海に面するジブチには護衛艦が派遣され、それなりの国際貢献を果たしている。だが、パレスチナのガザ地区で子供や女性が日々犠牲になっている現実を前に、G7(主要7カ国)の議長国をつとめるニッポンは立ち竦んでいるように見える。岸田総理はこのほど中東を訪れ、パレスチナ難民を受け入れているエジプトに340億円、パレスチナ自治政府に100億円、緊急人道支援として現地に15億円を支援すると申し出た。だが、停戦に向けた外交努力をはじめ人的な貢献策は何ら示されなかった。わがニッポン外交は、湾岸戦争時に逆戻りしつつある。
日本が100億円を支援するパレスチナ自治政府は、幹部の汚職がはびこり民衆の支持も低い。行政システムも医療施設も壊滅状態にあるガザ地区を、ハマスに替わって統治する能力が果たしてあるのか疑わしい。そんなアッバス議長率いるパレスチナ自治政府に巨額の支援を渡しても、真に援助の手を待ちわびる現地の人々に届くのか定かではない。