「低い心」で寄り添う“看護ようぼく”に – 修養科の四季
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第1012期 吉井栄江さん
28歳・兵市分教会所属・天理市
人だすけのできる仕事に就きたいと、“看護ようぼく”を目指して実習に励んでいた大学生のとき、「潰瘍性大腸炎」という難病を患いました。完治は難しく、激しい腹痛や下血に苦しむ毎日。当時は大教会の女子青年委員長を務めるなど御用に一生懸命取り組んでいたこともあり、余計に不足が募りました。
こうしたなか、同じ病を抱える母の支えをはじめ、周りの人がおさづけを取り次いでくださったおかげで、徐々に心の平穏を取り戻すことができました。
そして夢を叶え、5年前に看護師になることができました。日夜懸命に働きましたが、夜勤による体調の悪化や命を預かる責任の重さを痛感する中で、心身の負担が少しずつ大きくなっていきました。
「このままではいけない」との思いが募るなか、教祖140年祭へ向かうこの旬に「自分を見つめ直そう」と退職を決意。昨年10月、修養科を志願しました。
仲間の姿に心動かされ
修養生活が始まって間もなく、同じ大教会から志願した修養科生の中に、私が勤めていた病院に入院していたAさんがいることに気づき、親神様のお引き寄せを感じました。
入院当時、Aさんは寝たきりの状態でしたが、修養科では杖をついて歩き、「おぢばに来ることができた。こんなに有り難く幸せなことはない」と日々感謝して過ごしていました。その姿に感化され、私も勇んで修養生活を送ることができました。
ところが2カ月目のある朝、Aさんの右目が突然見えなくなりました。救急搬送されて診断を受けた結果、血管が詰まり、失明しているとのこと。思いもよらない大節に「どう思案すれば」と悩むなか、同日、担任の先生から「目は『くにとこたちのみこと』のお働き。水のように低い心が大切」と聞き、その言葉が胸に残りました。
同時に、看護師時代から「自分が人を助けている」と心が高くなりがちだったことに思いが至り、「低い心で通ろう」と意識するようになりました。
後日の精密検査で、幸いにもAさんに「脳梗塞」は見つかりませんでした。しかし、少し歩くのにも介助が必要になったこともあり、「修養科の辞退を考えている。私の都合で皆に迷惑をかけられない」と苦しい胸の内を打ち明けられました。突然のことに戸惑いましたが、「『Aさんとしっかり心をつないでほしい』という神様からのメッセージかもしれない」と思った私は、それまで積極的に取り次げていなかったおさづけを、「毎日取り次がせていただこう」と心定めをしました。
その後、Aさんにおさづけを取り次ぐ中で、仲間たちの支えに心を動かされたAさんは、修養生活を継続。その姿を見て、私も喜びの気持ちでいっぱいになりました。
一方、私自身にご守護を見せていただきました。「潰瘍性大腸炎」は環境の変化やストレスによって悪化しやすいものの、修養生活中は体調が良くなっていたのです。「人救けたら我が身救かる」の教えを実践すれば、神様が結構にお連れ通りくださることを実感しました。
◇
現在,大教会の御用をつとめながら、訪問入浴看護師の仕事をしています。所属教会の月次祭にも欠かさず参拝し、信者さんに積極的におさづけを取り次いでいます。
修養科で学んだおたすけの心を忘れることなく、低い心で相手に寄り添い、難渋を抱える人に真っ先に頼ってもらえるようなようぼくを目指していきます。











