迷いがなくなったとき – 道を楽しむ10
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かつて、妊娠直後の妻と生後8か月の長男を三重県内の大教会に残し、札幌市にある布教の家「北海道寮」に入寮したときのこと。入寮早々に、お腹の子に深刻な身上を頂いた。私が長期不在のなか、妻は大きな不安を抱えることになった。はるか遠く離れた地ゆえ、そばに居てやれない申し訳なさと、祈ることしかできない不甲斐なさに、私自身も苦悩にさいなまれた。
ある日、教務支庁でお会いしたN先生に状況を打ち明けた。先生は「それは結構だね」とおっしゃった。私は聞き違えられたのかと思い、再び説明した。すると「だから、結構なんだよ」と。
聞くところによると、先生の奥さまはかねて体が弱く、やっとの思いで子供が授かった際に、あえて出産予定月に、先生は「おやさとふしん青年会ひのきしん隊」に入隊されたという。
そんなとき、そばに居なくて大丈夫だったのかと尋ねると、「男親なんて出産のとき何もできないだろう。やっと授かった大事な子供だよ。おぢばに精いっぱい伏せ込んで、無事に生まれるよう親神様・教祖にお守りいただくのが私の役目だと思ったんだよ」と。そして「君も、それだけ大事なときだからこそ、教祖のお供をして毎日にをいがけに歩かせていただき、神様の御用に一生懸命励むのは、実に結構なことなんだ。きっと親神様・教祖に守っていただける。なんの心配もいらないよ」と、お諭しくださった。
お話に感銘を受けるとともに、胸の内のモヤモヤが、すうっと消えていった。それからは一片の迷いもなく神様にもたれ、時を忘れて毎日にをいがけ・おたすけに奔走した。
半年後、ありがたいことに、次男は心配された症状もなく無事に誕生した。そして、奇しくも北海道の大学へ進学し、この春、卒業させていただいた。
あれから23年。私の心を支えてくれたN先生の言葉はもとより、次男の誕生に際して頂戴したご守護は、いまも私たち夫婦の信仰の核の一つになっている。
中田祥浩 花巻分教会長